読書感想文「また次の春へ(重松清)」

どんな出来事もそれを幸せか不幸せか思うかは自分の心の持ち方次第だ。災害・病気などの不幸な出来事も自分の気持ちの持ちようで前向きに捉えることができる。人生においてより強くいきるすべを教えてもらった気がする。親切というのは本当に難しいものだ。相手を気遣ったつもりでも、逆に相手を傷つける場合もあるし、ともすれば自己満足やおせっかいになることもある。ある家族の幸せな記念日が、家族を失った被災地の人の心の拠り所になるというくだりには感動した。

 

作中の詩の情景は、一般的には雪の降る夜に母親が子どもたちを眠らせるというものだが、ここでは眠らせることを間引くことととり、屋根はその亡骸を埋めた土饅頭であると解釈している。生きていること、育てられたという今の豊かな現実に感謝しなければならないと改めて考えさせられた。子供の頃に母を亡くし、義母に育てられた作中の先生が、親の面影を偲んで五百羅漢を訪れる描写には心打たれた。義母の前では、実母のことはあまり言えない先生の子供時代の苦悩に共感した。

 

 

また、かつての教え子の両親が息子の妻に再婚をすすめるかどうか悩むというくだりも考えさせられることが多かった。自分は両親のどちらもなくしていないので、それだけ幸せなのかなと改めて痛感する物語だった。どんなにつらい境遇に立たされても、運命のせいだと割り切ってしまえば人は救われる。逆境は強くなるための絶好のチャンス。そういうふうに前向きに生きることもまた、限りある人生を送る上で大切なのかもしれない。

 

この小説は、数編の物語から構成された重松清の短編集である。話のテーマは東北大震災。震災によって心に傷を負った人々の強くたくましく生きる姿を、様々な視点から描き、天災という逃れることのできない不運に対する葛藤や再生をうまく表現できていた。

 

(30代男性)

 

 

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