「半パン・デイズ」の読書感想文
まだ、そんなに何年も経っていない小学生時代。僕は、どんな少年だった? 知らない間に主人公ヒロシの年齢と、そのときのエピソード、無意識に感じていた当時の感情が蘇り引き込まれていく「半パン・デイズ」。
僕の好きな著者である重松清さん。重松さんの作品の中で最も好きな作品かもしれない。東京から父の故郷、瀬戸内の小さな町に引っ越してきたヒロシ。「引越し」、このキーワードも過去の僕のサマー・デイズと重なった。
当時僕は中学2年、楽しみにしていた新しい家の完成は、家族みんなで手を加えながら作り上げた宝物。自分の部屋やドアのペイント、好きな言葉をステンシルで壁に入れて、天井の見せ梁を父と母がノミで削ってオイルで仕上げた。弟がモルタルで雑貨を作り、最後は家族みんなで塗り壁を塗り、家族全員の手形を押した。
家族で協力して建てた想い溢れる宝物の完成は嬉しくもあり、反面、慣れ親しんだ家を離れる寂しさと切なさでなんとも言えない感情が渦巻いた。しかし、引越しは運が良いのか悪いのか、たまたま部活の2日間の休養日にぶつかり、休養どころか徹夜の引越し作業。引っ越す前に感じていた、なんとも言えない感情なんか一気に疲労でぶっ飛んだ。
ヒロシは、どんな気持ちだっただろう。僕は中学2年で引越しを経験したが、この時ヒロシは小学校入学前。東京で育ったヒロシが知らない町に行く。周りは知らない人、慣れない方言。僕は、引越したと言っても学区は変わらないし、友達との別れも当然なかった。だけど、ヒロシは? 僕は、小学校入学前の記憶をよく覚えているが、幼いながらに色々考えていたことも浮かんできた。
そう思い返すとヒロシの不安や寂しさは、計り知れないだろう。「ヒロシ、おまあの気持ちは、よーわかるでえー。」「ほんまに難しいなあ、大人ゆうんわ〜。」「そぎゃ〜なことで!落ち込まんでええわ!」「おれが応援するけえ!」いつの間にか、ヒロシの町の方言で心の中でヒロシを応援している自分がいる。時にはヒロシの友人として、時には兄として、時には親の立場のような感覚で、そして当時の自分と重なったヒロシ自身として。
幼稚園から小学校6年までのヒロシの成長していく過程が描かれている為、その時のエピソードと自分の思い出が交差する。子供から少年に変わっていく小学校の6年間、大人の言うことをだんだん理解し、友人との和を築いていく。人生で最初に学ぶ組織、社会。ヒロシに対して、自分が色々な立場で交差して言葉を投げかける。そして共感する。
「ああ、そんなこともあったなあ。そんなこと自分も考えたなあ。」「そんな友達、今もいるなあ。」「そんな悩みも持ったし、なぜだかわからないけど、みんなで意味不明な怪しい行動もしてたよなあ。」気づくと自分と重ねてしまって身に覚えのあることもあり恥ずかしくも感じた。特にヒロシの友達関係は、僕の小学校の高学年の頃の思い出とリンクした。
妙に懐かしくて、温かくて、忘れていた記憶と感情が蘇る。もちろん、僕が経験していないことをヒロシはたくさんしていて、軽トラの荷台に乗るドキドキがうらやましかったり、1970年代の日常はジェネレーションギャプも感じたけど、アポロ11号や万博に沸き立つ時代。きっと今より不便で大変な時代だけど、それも味わってみたいとさえ思った。逆にヒロシが経験した身近な人の死、大切な人との別れのシーンは、「こんな感情、知りたくない。」と思った。
ヒロシは、気の弱い少年で、いくつもの困難を乗り越え、持ち前の優しさに加え、強い少年に成長していく。小学校に入学したてのヒロシは、方言が分からずクラスからは奇異の目で見られていたのに、気づけば仲間の輪に入っていく。この成長ぶりが読んでいて気持ちが良かった。本当にスカッとした。吉野たちに言い返すヒロシが強いと思った。
反面、嫌なことをためこんでしまう自分とは違うと感じてうらやましくもあり、その強さはどこから来るのだろうと不思議だった。素直に、まっすぐに、男らしく成長していくヒロシを見守りつつ、今の自分と葛藤する。ババアやシュンペイさん、ヒロシに関わる人、見守る人が個性的で素敵な人ばかり。この人たちとヒロシの関わりではとにかく涙がこぼれそうで、気づくと目頭が熱かった。
もう戻れない小学生の頃、きっと自分の知らないところで、こうやってヒロシのように見守られ、自分も支えられてきたんだろうし、きっと今でもそうなんだ。そう強く感じさせてくれる作品で、僕の名前の由来のようなヒロシのように僕もなりたい、そう思わせてくれる。
(30代男性)
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