読書感想文「柔らかな頬(桐野夏生)」

この小説は幼女行方不明事件を発端にした、その事件の色々な裏側と側面を内から、外から描いたものだと思います。そして、その裏に隠された秘密や、あるいは、表に出なかった心の奥でしょうか。実際の事件では本当のところは、明るみに出る事のないと思える部分です。
 
普通、行方不明事件というのはあまり大々的に、なおかつ長くは報道されないというイメージです。殺人事件となってからの警察の捜査と、単に行方不明の捜索というのは警察の熱の入り方も、また報道の仕方も、全く違うと感じます。勿論、行方不明が誘拐である事も考慮すると、報道規制も敷かれると思いますが。
 
つまりは、遺体が見つかった場合のみ、事件になった場合のみ、大きく報道されるというイメージで、なおかつ、それによって犯人探しへと捜査がいきつき、そして被害者と加害者にも大きくスポットが当たる。この物語は、その行方不明のまま遺体が見つかる事がないまま、時間が経った家族の末路についてもスポットを当て、殺された・・・という事実は無く、どこかで生きているかもしれない・・・という思いを抱えたまま生きていく。

 
 
しかも他にも子供、あるいは子供達がいれば、その子供や子供達もその事件の犠牲となりえる彼ら、彼女らの人生の一端をも感じた物語でした。勿論、夫婦間にも大きな問題や亀裂が走る事は容易に想像します。人を責めた後は自分を責め、自分を責めつつ、人も責めずにはいられない・・・の堂々巡りであるだろうと思うので。
 
TVで神隠しにあったとしか思えない消え方をした子供の特集番組を、どうして子供は消えてしまったんだろうか?と考えながら見ますが、そんな事件の事も色々思い出しながら読んだ作品でもあります。この作品を読んだ当時、もう今から13年ほど前になりますが、当時は今みたいに不倫、不倫とTVで連呼していない時代でした。
 
それでもこんな事件が起き、その裏側に事件の中心人物同士が不倫関係だった事が見え隠れしていたら、それが真実であれ、どうであれ、風評被害で被害者が簡単に加害者になるだろうな・・・と憶測します。自分の含め、世間も、報道も、自分が対岸にいる場合のみ正義を振りかざすのは得意ですから。ただ、正直、当時はあまりそういった事は何も思わずに、自分も子供がいる身ですので、子供はどうなったのか?犯人は誰なのか?
 
その一点をただただ知りたくて、必死で文字を追い、ページをめくっていたという記憶があります。でも、今回これを書くにあたって読み返してみて私が強く感じた事。物語はすでに読んで知っているので子供がどうなったのかは分かっているので、別視点を持って読んだというのもありますが、それは浮気の良し悪しや、上記の被害者が加害者に簡単になり替わるといった事ではなく、どうして非の打ちどころの無いような奥さんがいても男性は他の女に目が向くのだろう?という点でした。
 
実にこのパターンよく見聞きする話です。その度に男女問わず、何故!?って思うんですよね。これは男性の方が多いパターンだと思うんですが、男性ですら「僕だったら、こんな美人な妻がいたら浮気しないな。」という感想が飛ぶんです。その度に私は男性にしか分からない何か、男性にしか分からない感覚、なのだろうと思っていたのが、「え?男性にも分からないの?」と思う訳です。
 
これは非の打ちどころのない妻を持った男性にしか分からないという訳では決して無いと思っているんですが、やはりいざ実際に持ってみないと分からないものなのかな?と。勿論、それでも非の打ちどころがない妻を持った男性のすべてが浮気するという事は無いのですが。その答えの一端と言えるべきもの、それをこの小説の中に見つけたような気がしました。
 
主人公の娘を行方不明で失ったカスミとその不倫相手の石山。不倫相手の石山は完璧な美人で賢く、センスの良い女性です。一方、カスミも男好きのする美人であるとは思うのですが、石山の妻はとても洗練された感じです。同性から見ても憧れるタイプです。ですが、カスミはそうではないでしょう。石山の妻も、カスミについては”とりえのない、つまらない人”と気にかけてなく、むしろ下に見ている感じです。
 
二年の間夫の浮気を確信しつつも、まさかカスミと浮気しているとは思わなかったと。気になったのは、石山の心の中での言葉です”愚かさのない日々に魅力はあるだろうか。”確かに男女問わず、こう思う人は確実に少ながらず存在するのではないか。オシャレで洗練された生活をしていると、ふと、寂れたアパートの一室が心地よく思う。そのような感覚です。”その方が豊さを孕んでいる気がするのはどうしてだろう。”それは多分、人間の無い物ねだりなのかなと。
 
そして、決定打は”妻は仲が良い同志。”という言葉です。実に都合の良い言葉だなと思います。好きだけど、その好きではない・・・というか、要するに女と見てないというのの置き換えのように感じます。同時に、”比べては自制しても湧き上がってくる小さな比較。”そういう事なんでしょうね。自制しても湧き上がってくる。
 
何かに突き動かされる衝動で一番大きいのが恋愛であると想像しますが、その恋愛の裏には、強いては道ならぬ恋をする時など、とても抑えきれない”自制しても湧き上がってくる感情が必ずあるでしょう。私自身は最後まで自制した事しかありませんが、自制して苦しむ、あるいはあの時ああしてれば良かったというような後悔より、絶対後で起こりくる罪悪感の方が絶対に苦しいと個人的には思うのですけど。
 
この小説の中で、主人公のカスミは石山と情事の最中、何もかも捨てていいと、その快楽の中で思う訳です。娘が行方不明になる何時間か前の事です。娘も捨てていいと思うのです。ところが、実際に彼女が娘が行方不明になった後は、自分がそう思ったから娘が行方不明になったのだという罪悪感は描かれていても、夫に対しての罪悪感はそう深く描かれていない。彼女が感じたこの罪悪感、女性の感覚としては実に上手く言い得ていると思いながら読みました。
 
夫は所詮他人だとどこかで、既婚女性の多くがそう感じていると思うのです。でも、子供は自分の血肉を分けた、自分から出たものです。勿論、自分1人のものではないのですが、夫の存在は案外薄いのです。ゆえにこの小説で彼女は自分の浮気の罪が一番辛い現実となって返ってきたとも言えます。例え、快楽中に一瞬でも娘を捨ててもいいと思ったにしろです。結局、彼女は石山のように流れてくらしていけば、いつか心を満たすものも現れるかもしれないと思います。
 
が、衝撃のラストシーン。カスミの行方不明になった娘の有香が行方不明になったシーンをカスミの娘自身によって語られる部分ですが、その彼女の独白で、結局、母親が思っていた事と同じ事を娘も思っていたという事が分かります。それは自分は一人ぽっちだという事。それが結局は殺されてしまった原因だという事をカスミが知る事が無かった事がこの小説の唯一の救いでしょうか。
 
それを知ってしまったら、流れて暮らしていけば、いつか心を満たすものも現れるかも・・・とは思わなかったかもしれませんから。自分が一番理解できていた事を、娘が同じように思うような状況にさせてしまい、それが死に至ったのですから。
 
(40代女性)
 
 


 

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