読書感想文「ゴールデンスランバー(伊坂幸太郎)」

仙台で首相が爆殺される事件が発生するのだが、何故かまったく無関係な青柳という男が暗殺犯として取り上げられてしまった。明らかに濡れ衣であるのに、何故か用意周到に青柳が絶対に犯人だという情報が次々に上がってくる状況。世の中には冤罪という無実の罪が存在するが、ゴールデンスランバーのテーマは、その最大級と言えるだろう。

 

巨大な何者かによって嵌められてしまった青柳は、捜査関係者や民衆に追われつつも逃走をはじめるのだった。冒頭からとにかく青柳がいかに悪いやつなのか、怪しいやつなのかという情報が、マスコミによってどんどん流されていく真犯人は青柳じゃないのに、もう世間では最初から青柳が犯人であることが120%決まっているかのようなお祭り騒ぎである。

 

もし自分がこんな状況だったら、一体どうしているだろうと考えるが、逃走をするという選択が青柳にとっては正しかったのだろう。たびたび捜査員に捕まるピンチに陥るのであるが、不思議なことに青柳という殺人容疑者には、協力してくれる人間が次々に湧いて出て来るのだった。

 

首相暗殺犯が青柳ではないことを承知して助けてくれる面々は、青柳を信じる者、社会に反抗するもの、今回の事件の真相を知りたい者。そうした面々によって青柳はなんとか捜査の網をくぐり抜けて、事件の真相に迫っていく。彼らのように青柳を助けてくれる人々は、もしかして最初から犯人が青柳じゃないことを知っているのだろうかとも考えた。

 

青柳が逃走するときに選んだ手段は、最終的には正解だったのかもしれないが、自分だったら別の手段を選ぶだろうな、などと青柳の行動の正否を検討しながら読み進めた。どうしても気になったのは青柳を犯人に仕立て上げた謎の組織であるが、ところどころでしっぽを出して見え隠れしている。

 

巨大な組織の陰謀のなかに置かれつつも、最後まで逃げ通そうとする青柳。彼の姿を見ていると、逃げることを愚かしいとは絶対に思えなかった。

 

(30代男性)


 

 

 

無罪の主人公が、なぜかわからずに、ただ逃げるという話です。通常のストーリーであれば、逃げながら真犯人を特定するというのはよくありますが、そうではなく、ただ、逃げ切る。それがリアルでたまらないストーリーでした。伊坂幸太郎は、東野圭吾と、平成で生み出した、2大作家といえるのではないでしょうか。

 

ネタバレになるので、深くはふれませんが、必ず最後まで読んでくれた、読者にたいするご褒美のような、そんな1行がかならずあります。すべてがつながっているような、その瞬間。ああ、なんでこのタイトルはこういう意味だったのか、そう感じたのが重力ピエロ、鴨とアヒルのコインロッカーもそうでした。

 

このゴールデンスランバーの、最後のエレベーターのシーンもそういうことだったのかということになります。逃走シーンがかなりリアルです。なぜかというと真犯人うんぬんではなく、これは犯人といえるスケールの犯人ではないから、つまり言うと国策です。いまでは考えられないと思いますが、昭和の時代には、国策での隠蔽が、この日本でもあったようです。

 

(これは、あくまで憶測ですが…)実際に国策でひとりの人間が消されていく…そんなことが起これば、その1人が戦ったとしても仕方なく、つかまって無罪を主張してもこれは無駄なこと…だから、逃げる。逃げて逃げて逃げて、この間に真相が解明されるかもしれない。だから逃げる、逃げ切ることが勝ち。

 

この体験にちかい?ことを僕は日常のなかで大変したことがあります。交通違反で、違反もしていないのに捕まったことがあります。その際に僕は15分ほど、無罪を主張しました。ただ、ドライブレコーダーにも何も録ってないため、わたしの無罪は証明しようがありません。この場合、無罪はどう証明するのか?その警官に聞きました。その警官は答えました。

 

あなたが頑張って裁判所で無罪を主張するしかないと。これを置き換えていえば「無駄なこととですよ」もし、その警官が故意にわたしを捕まえていたとしても、それは証明しようがありまんから。まあ、話はそれましたが、国がらみで犯人にしたてあげられた主人公がひたすら逃げるストーリーです。

 

(40代男性)

 

 

 

 

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