「虞美人草」の読書感想文
藤尾は男を弄ぶ。一毫も男から弄ばるる事は許さぬ。藤尾は愛の女王である。藤尾は愛は愛されることで、自ら愛することではないと思っている。
凡人にはとても、そこまで思えるほどの自信をないが、藤尾は男なら誰でも惹かれる容姿と魅力を持っているらしい。かといって、相手が誰でもかまわないというわけではない。
恋愛は、愛される人間と、愛する人間、それぞれの役目をきっちり担うことで、成立するという。だから、藤尾に言い寄る男の中で、小野という、愛するのを専属とする、言うなれば、自分のためにひたすら尽くしてくれるような相手を選ぶ。
たしかに小野は、藤尾しか目にないようで、彼女に翻弄されるまま、言いなりのままになっているように思える。かといって、まるっきりお熱になって、恋焦がれているでもない。小野は世間に認められた学者だが、貧乏な詩人でもある。
なので、詩人を続けるのに、ふさわしい相手を探している。それにうってつけなのが藤尾だ。藤尾は後妻の娘で、その父親が亡くなって先妻の息子、甲野が跡を継いだものを、遺産や家は彼女に渡すと言っている。
ということは藤尾と結婚すれば、金の心配をせずに、金にならない詩を書きつづけられるというわけだ。と考えると、小野が彼女に頭があがらないのは、そういう下心があって、あくまで自分の将来のために、彼女のご機嫌とりをしている部分が、あると言える。
藤尾は、おそらく、小野に下心があって、自分に媚びているとは思っていない。そうと気づいていれば、小野が他の女と一緒にいるところを見て、あれだけ悔しがっていた彼女が、この侮辱に耐えられないはずだ。
にしても、小野に下心があることなど、すぐに見抜けそうなものを、人は自分に都合の悪いことは、相当見たくないものらしい。小野にも言える。
彼もまた、自分に下心があると知りつつ、藤尾に惹かれるのは、それでも純粋な思いからだと思い込んでいるところが、見られる。なんたって、彼は自分が人情家だと言っている。
だから昔の恩に縛られて、したくない結婚をさせられるのに、きっぱりと断れず、心を痛めてしまうのだと。でも傍からすれば、人情家に程遠く、これほど打算的な男もいないように思える。
藤尾にはいくらでもへこへこするのとは対照的に、恩師の娘には、露骨なほど冷淡な態度をとる。理由は明らかで、恩師が今や権威が失墜したらしく、あまり収入がなければ、財産もなさそうだからだ。人は自分が思っているより、いい人間だとか偉い人間だと思いたがるものなのか。
たしかに、そうやって自分に酔っていられれば、人生は楽しいかもしれないが、自分がそうでもないと気づかされる現実に直面したとき、払わなければならない代償は大きい。どんなに権力や力、美貌を持っている人でも、一方的に人や運命を弄べることはないのだろう。
弄んでいるように見えても、実は自分のほうが弄ばれていることに気づいていない。そんな状態の人間は見ていて、とても恥ずかしいし、自分はそうはなりたくないと、心底思うのだ。
(30代女性)
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