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読書感想文「片想い(東野圭吾)」

読書感想文「片想い(東野圭吾)」

「片想い」の読書感想文①

この本に出会い、私は男女は何を基準に分けられているのだろうかと考えさせられた。この本では性同一性障害を持つ人の様々な苦悩や葛藤が描かれている。カミングアウトができた人はある程度の壁を乗り越えている。

しかし、誰にも相談できず、一人で心と体の違いに苦しんでいる人もたくさんいる。このシーンからもしかしたら私の周りにも知らないだけで苦しんでいる人がいるのかもしれない。

知らないうちに「あなたは女の子だから、あなたは男の子だから」といった言葉で人を傷付けてしまったことがあるかもしれないと思った。そして、ここで”男らしさ女らしさ”とは何なのかという疑問が生じた。

男の子スカートをはいてはいけない。女だから乱暴な言葉使いをしてはいけない。では逆なら良いのか。このことに答えはないのだと思った。性別は産まれたときの身体的な特徴だけで戸籍上分けられている。

今までなんの疑問もなかった。しかし、この本を読み進めるうちに、本当にそれで良いのか?と思うようになった。この本において中尾が美月の心について男女を碁石の黒と白に例えてこのように説明している。

「男を黒い石、女を白い石とするだろ。美月はグレーの石なんだ。どちらの要素も持っている。しかも五十パーセントずつだ。だけど、どちらに含めることもできない。元々、すべての人間は完全な黒でも白でもない。黒から白に変わるグラデーションの中のどこかだ」

まさに、その通りだと思った。グラデーションのどこかに立っている。限りなく黒に近いあるいは限りなく白に近い場所にいるから黒であることや白であることに何の疑問もなく受け入れられるが、グレーであればどうするのか?性別を男女に分けただけではグレーの人の属する場所がない。

性同一性障害とは心と体の性が一致しないという単純なものではないのではないかと考えさせられた。私は女性であるが男性的な要素も持ち合わせている。男性的な要素があっても自信も回りも私を女性と認識する。

それはおそらく見た目が女性の特徴を持っており、女性らしい服装をしているからだ。女性的な特徴をかくし男性のような格好をしたらどうか?男性と認識する人がいるかもしれない。しかし、中身は変わらない。結局、人は見た目だけでは本質はわからない。

この本を通して人の性別は決して見えている部分だけで判断してはいけないと思った。男性らしさ、女性らしさが大雪なこともあるだろう。しかし、そんなことより自分らしさがもっと尊重される世の中になったらもっと生きやすくなる人が多くなるのではないだろうなと思った。

(20代女性)

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