読書感想文「秘密(東野圭吾)」
妻・直子と小学5年生の娘・藻奈美を乗せたバスが崖から転落してしまう。そして妻の葬儀の夜、意識を取り戻した娘の体に宿っていたのは、死んだはずの妻だった。男にとったらものすごく酷い仕打ちのように思う。その日から杉田家の切なく奇妙な”秘密”の生活が始まったのである。
物語は夫・平介が妻と娘の乗ったバスが事故にあったニュースを観るシーンから始まる。予感めいたものなど、何ひとつなかった。平介は病院へ駆けつけ、妻・直子が娘・藻奈美の体に宿ったことを知る。 二人は相談の上、「父と娘」として生活していくことを決めるが果たしてうまくいくのか。その後平介はバス事故後に親しくなった藻奈美の担任・多恵子に恋心を抱く。
しかし妻・直子のことを想い、その気持ちを捨てる。一方の直子は、高校で相馬というテニス部の先輩と親しくなり、平介に内緒でクリスマスに会う約束をする。 平介はそれを電話機に仕掛けた盗聴器で知り、二人の関係を邪魔しようと家を出る。あまりにも嫉妬の気持ちが強くなり異常な行動に出たのだ。
周りに大勢の人間がいるはずなのに、平介の目には直子と相馬の姿しか入っていなかった。あるいは彼等二人もそうなのかもしれない。二人とも全く動かず、自分たちに向かって歩いてくる中年男の顔を凝視し続けていた。平介は立ち止まった。三人の位置関係がほぼ正三角形になってしまっていた。
「お父さん……」最初に声を発したのは直子だった。それから「どうして……」と言った。父親にとって娘は特別な存在でありそれも心が嫁なのであるから尚更である。平介は相馬に「藻奈美は君のいる世界とは違う世界に生きているんだ」と告げその場を去る。家に帰り平介はそのようにした理由を直子に話した。俺は今でも、おまえの夫のつもりだぞ。
だからおまえのことを裏切っちゃいけないと思ってる。浮気だってしてない。再婚のことだって考えてない。小学校に橋本という先生がいただろう。俺はあの人のことが少し好きだった。交際したいと思った。だけど結局、電話すらしなかった。おまえを裏切りたくなかったからだ。
俺はお前の夫だと思うという気持ちから平介はそう判断した。あくまで「夫と妻」の関係であろうとした平介だった。しかし直子とベッドに入った瞬間それは不可能なことだと直感する。彼の中の何かが、動かすことを強く拒否していた。時間だけが過ぎていった。闇の中で平介も直子も、完全に静止していた。やはり見た目は娘の体であるから手が出せないでいたのだ。
バス事故の際、運転手だった梶川の元妻・典子からある走り書きを見せられる。それは梶川が、自分の子どもだと思っていた息子がそうではなかったことを知り「すまん、父親のふりはできない」と残したものだったこのとき平介は妻・直子を「娘・藻奈美」として見ていくことを決心する。直子もそれを受け、完全に「娘・藻奈美」として生きていくことを決心した。
直子は自分が藻奈美のフリをしているのではなく、藻奈美の意識が藻奈美の体に戻ってきたように振舞った。直子は直子として生きることを完全に捨て、藻奈美として生きることを選んだ。平介はすっかり藻奈美が戻ってきたものだと信じきっていた。しかし藻奈美の結婚式の日に、そうではないことを知る。
直子と平介だけの秘密であった指輪のことを、藻奈美が知っていたからである。直子は君は消えてはいず、ただ消えたように振る舞っただけであったのだ。クライマックスは結婚式のホテルで平介と藻奈美は二人きりになったときである。二人は見つめあい、この瞬間、平介は悟った。
ここで何をいっても無駄であると。訊いても意味はない。自分が直子であることを彼女は認めないからだ。 そして彼女が言わないかぎり、彼女は藻奈美だ。平介にとって、娘以外の何者でもないからである。「お父さん」彼女がいった。「長い間、本当に長い間、お世話になりました」涙声になっていた。 うん、と平介は頷いた。
永遠の秘密を認めるくだりでもあった。これが『秘密』作中最大最後の「秘密」である。結末をハッピーエンドととらえるかどうかは人それぞれである。『秘密』はすべての男が読むべき小説だと思う。娘を持った父親なら抱くであろう悩みや葛藤がちりばめられているからだ。
娘に女性が写った写真を見つけられてたり一緒に風呂に入るのを嫌がられることである。またボーイフレンドと出かけるのを隠されたり、娘の帰りが遅くなることや娘のプライバシーが気になって仕方がないなどである。その娘に対する父親独特の心情がリアルに描かれていた。『秘密』という作品を読むことは現実世界で男が経験するであろうことの予行演習になると思う。
(20代男性)
知り合いに勧められ読み始めることになったこの一冊。一つの交通事故から始まるSFチックな展開の現実味のないようなストーリー。交通事故で死んでしまった直子。
直子に守られて助かることができた娘(藻奈美)。愛する妻を亡くした平介だが、藻奈美の姿をしたその女の子の脳は何故か妻の直子そのものになっていて、戸惑いながらもそんな藻奈美の姿をした直子と暮らしていくという話の流れには、現実味がないのにもかかわらず何故だかすんなり入り込めてしまった。
先に読み終えた「秘密」というタイトルにどんな意味が込められているかが重要だよ と聞いてはいた。私自身も全て読み終えて感じたこととしては、この本のラストの解釈は読み手の考え方によっていくつもの解釈が可能であるだろうということだ。すでに自分だけでも何通りものラストの解釈の仕方が思いつく。
脳内の直子が完全にいなくなり、娘が本当にすっかり元に戻ったという展開なのか?実は元には戻っておらず、直子が平介を安心させるために生涯藻奈美のフリをしていくと決意したという展開なのか?はたまた、初めから脳が直子だったということはなく、全て藻奈美の演技だったのでは?などとも考えられる。
どんな解釈をするにしてもやはり“秘密”というタイトルにぴったり当てはまるのがこれまた面白い。さらに深読みしてみた。これがもし女性目線だったら…事故で死んだのが妻の直子ではなく夫である平介で、生き残った体が息子だったとしたら。おそらくその場合、ここまで物語が複雑になることはないだろうと思った。
この本を読んでも感じたが、女性はやはり現実主義である。きっと平介が死んだとして、直子は息子のことを平介とは呼ばないだろう。いくら中身が夫だとしても、見た目が息子な以上、きっと母性本能のほうが強くでるはずだ。そうなれば平介が藻奈美の学校の先輩に嫉妬したようなシーンはまず考えられないだろう。
…そんな風に思うと、やはりこの物語は妻を亡くした夫の目線で描かれているのがベストなんだとあらためて感じた。最終的にハッピーエンドなのか?といわれると、正直よくわからない。煮え切らないような結末にも思えるし、ほっこりするような心が温まる結末にも思える。最初に言った通り、捉え方によって本当に全く以って変わってくるのだから。
ミステリー小説など考察系が好きな私としては、そんな風にあれこれ考えさせられるこの一冊は読み応えがあったと思う。
(30代女性)
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