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読書感想文「むかし僕が死んだ家(東野圭吾)」

「むかし僕が死んだ家」の読書感想文

この本を買ったのは、タイトルが目に刺さったからである。「むかし僕が死んだ」とはどういうことだろうと興味を持って手に取った。主人公の男性の、どこか突き放したような、あきらめたような乾いた視線で物語は始まる。

私はこの、東野圭吾の独特の文体が好きだ。簡潔で、必要な描写以外は一切排除された口調が、かえって想像をかきたてるからである。

ふとした拍子に再会した高校時代の恋人同士だった二人。ありがちな不倫話に発展していくのかと思いきや、妙な展開になっていく。彼女は結婚生活がうまくいってなくひどく悩んでいた。

両親が亡くなった時受け取ったとある家の鍵が、その悩みを解決するなんらかの糸口になるに違いない。

その家を開けるにあたって付き添ってもらいたいというのだ。話の展開がよく見えない主人公の不安が私にも伝わってきた。よりを戻したいという話ではないようだが、昔の恋人に貴方しか頼れないと言われては断るわけにもいかないのだろう。

結婚生活6年目の私としては、主人の元彼女にそうした依頼をされて満更でもなく承諾されていたと知ると、ちょっと穏やかではいられないかもしれない。そんな思いもあり、ヒロインの女性に対してはちょっと反感を持ちながら読み進めた。

山奥の不気味な家に近付いてゆく臨場感が、読者の不穏な気持ちを一層かきたてる。やがて、小洒落た一軒家の別荘のような建物に二人はたどり着くのだ。人里離れた森の中にたたずんでいる家を想像するだけで、何となく恐ろしい。

確かに、女一人でこの家に入るっていうのは無理かも、と私も彼女の言い分を少し理解した。その家は、まるでバミューダ海域で発見されたマリーセレスト号のように、あたかも人々がつい最近まで生活していたかのような状態のまま時間が止まっていた。

家の中を順番に探索していくうちに、二人は奇妙なことに気づき始める。水道もガスも電気も通っていず、通っていた痕跡すらない。つい最近まで生活していたかのような様子でありながら、生活するための設備が何一つない。

この家は一体「何」なのだろう? その疑問が私にも理解できた時、ぞわぞわと何とも言えない恐怖感が込み上げてきた。家の探索をしていくうちに日も暮れてしまう。

夜、彼女が実は娘を虐待してしまうこと、結婚生活もそのためにうまくいかなくなりつつあることなどが打ち明けられる。

彼女には幼少期の記憶と、幼少期の写真などの思い出が一切ない。自分が娘を愛せない原因が恐らくそこにあると彼女は考えており、親からゆずりうけたこの家の中にきっと、そのヒントがあると思っていたのだ。

旦那さんに相談もできず、頼れる友達もなく、元彼に打ち明けるしかなかった彼女の心境が私にもようやくわかり始めてきた。二人とも感情を殺して世の中を諦観し、乾いた視線で生きてきた。深い闇を背負うもののニオイがそうさせたのだろう。

そこからは、主人公の鮮やかな推理と大胆な仮説がひきつけられて一気に読み終えてしまった。彼女は一体どういうつもりで主人公に同行させたのか、という疑問が解け、この家は一体「何」なのか? という疑問に焦点が定まったからかもしれない。

勉強机の中から発見された少年の日記に基づいて、この家で昔何があったのか徐々に解き明かされていく。一枚一枚ヴェールを剥がされるように謎が腑に落ちていく展開は、本当に気持ちが良かった。

そして、最終的にこの家が一体何だったのか全て解き明かされた時の衝撃といったらたまらない。最初にこの家に足を踏み入れた時に感じた恐怖とはまた別の怖さが、ジワジワ、ゾワゾワと私の背中をのぼってきた。

ここを読んでいる時、ちょうど真夜中だったので、急に自分の家すら不気味に思えてキョロキョロしてしまったくらいだ。ついに彼女は失われた記憶を思い出してしまう。あまりにも受け入れ難い、辛い記憶。

そして最後の雨のシーン。2人の再びの別れ。のちに届いた彼女からの手紙が、希望の持てる内容だったことだけが救いだ。

この本を読んだ後、しばらくは謎解きの衝撃に浸ってしまった。それとともに、タイトルの意味もずっしりと伝わってきた。人は誰しも、昔自分が死んだ家を抱えながら生きているのかも知れないと…。

そして幸いにして、私の育った家は主人公やヒロインのようや過酷な環境にはなかったことを感謝した。推理小説と言えば人が殺されてそのトリックを暴く、といったような話が多い中で、家の謎を解く、人の記憶を解く、このような切り口の推理小説はとても斬新で面白いと思った。

苦手な分野、未体験の分野にあえて目を向けて貪欲に吸収し、小説の題材にしてしまう、東野圭吾ならではの作品だと思う。私はすっかりこの小説に魅了されてしまった。

(30代女性)

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