読書感想文「なつのひかり(江國香織)」

それは私の居場所であり、自分自身であった。産まれてからいままで言葉にしてどう表現すればいいのか分からずにいた感情たちがまるで、いのちを持った生き物のように感じたのだ。この本に出会った19歳の日、それからまるで日記を記すように読み進めたのだった。
 
「まるで古ぼけたリカちゃんハウスのような」バーで専属歌手をし、またある時は深夜のファミレスでウェイトレスとして働いている栞。ひっそりとした骨董品屋で無愛想に店番をしつつ栞の兄であり2人の妻をもつ幸裕。登場人物はすべておのおのの複雑な事情や感情をもちつつも、外界で「働く事」をしていたり「なにか」を探しに家族を置いてフランスまで出掛けたりしている。
 
当時通信制高校に通いながらいくつかアルバイトをしていた自身に重ねながら、人は状況がどのようなものであれ逞しい生き物なのだと感じたのだった。そして、この物語の登場人物たちは誰も自分の人生を悲観したり過評価したりはしないのだ。
 

 
 
いまここに在る、自分のありのままを受け止め現状を受け入れる。淡々と日常を過ごしそれが誰かにとっての「非日常」であったとしても自分にとっては「日常」で「当たり前」の事なのだから他人に煩く言われたとしてもそれは「くだらない」のである。大人も子供も動物も関係なく、それぞれの生活がある。
 
登場人物たちのこのように逞しく、等身大の自分として生きている姿に私はなにか安心感の様な勇気を覚えたのだった。栞が日頃から感じていた「外の世界」と「私」の間にある薄い隔たりのような違和感。無人野菜売り場の日陰から主のおばあちゃんと共に傍観した日向側の世界はまるで「ドラマかなにかを見ているような」気分になったという。
 
他人から見ればうまく溶け込んでいるように見えたとしても、自分以外のものとの相容れない違和感による淋しさは誰しももっているのだと言葉の言い回しも含め共感してしまった。それから何度も夏がめぐり、当時は年上だった栞の年齢をとっくに追い越してしまってからまたこの本を手に取った。
 
当初から今でも、「なつのひかり」の住人たちは現実世界のどこかで生活しているに違いないと私は思っている。変わらず「ケ・セラ・セラ」な彼らに再会し、生き方に迷って迷走していた生活にまた勇気をもらえた。生きていたらいきなりヤドカリを追いかける事になったり兄の愛人が住み着いたりキャラメルの箱から電話のベルが鳴ったりするかもしれないのだ。
 
(20代女性)
 
 
 
 

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江國 香織
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