読書感想文「羅生門(芥川龍之介)」

芥川龍之介の作品「羅生門」は人の豹変というものを初めて考えた作品だった。この作品に出てくるキャラクターは一人は職をなくした下人、もう一人は老婆であるが、私はこの羅生門の中に出てくる下人の豹変ぶりは誰でも起きることなのではないかと思っている。

 

下人はストーリー序盤では平凡な男のように描かれているが、羅生門の中に入り死体の髪を引き抜いている老婆に会うと急に言葉遣いが変わり、それから最後までは悪魔のような存在になってしまった。さらには老婆の服までも持って行ってしまう。これは現実世界ではあまり想像もつかない。

 

しかし、人間が極限まで追い詰められてしまえば下人のように誰かを罵るということはごく当たり前な気もする。もちろん、今の世の中ではそんなことをしては問題になってしまう。最近では、パワハラ、モラハラなどという言葉もある通り、自分の言葉や言動に気を付けなければいけない世の中だ。

 

一方で災害や貧困などの影響により、生活していくことが精一杯な人たちが世界中に沢山いる。そんな生き死にと隣合わせの環境に身を置いた人達は、自分が精一杯なので人を罵倒したりすることは決しておかしくないと思う。この物語でいう下人は私が考える限りでは自分より下だと思った老婆に対して優位に立ちたいと思うのと同時に、自分が否定していた追いはぎ行為を肯定するためにも老婆を罵ったのではないかと思う。

 

こう考えて「羅生門」を読んでみると決して作品は古くなく、むしろ今も昔も人間の感情というのは変わらないものなのだと思った。人間関係に苦しむことやフラストレーションなども、もしかしたら同じで「羅生門」が書かれた時期の人々と今の私たちは文化が違うだけで考えていることはほとんど一緒なのかもしれないと思う。

 

芥川龍之介の作品で「蜘蛛の糸」では地獄というものが描かれているが、実際、私たちが生きているこの現代こそが地獄であり、天国でもあるのではと思うほど人間の汚い部分を考えてしまった。羅生門の外の町では人々が生活をして、商人たちが物を売り買いして沢山のお店が連なっている。

 

沢山の人の夢や希望もある一方で、羅生門の中では死体が転がっている。そして、生活のために死体の髪を抜いて売っている人間もいれば、追いはぎ行為をする人間もいる。いわば人間の汚い部分である。天国と地獄は隣合わせにあり、そしてまた誰がいつ天国に行くか地獄に落ちるかはわからないのではないかと考えさせられた。

 

この本を読んで、美しすぎない人間のリアルな感情に感情移入が出来て面白かった。そして改めて自分の行動や感情について考えさせられた。

 

(30代女性)

 

 

 

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