読書感想文「死者のノック(ジョン・ディクスン・カー)」

「 どうして人を殺してはいけないの?」そんなことをふと考えたことがあるだろう。現代社会には陰惨な事件が多い。日本だけでなく、世界中で殺人事件によって命を落とす人がいる。私はもちろん、どんなことがあっても殺人を犯してはならないと思う。しかし、「死者のノック」という作品を読むと、殺人と動機、正義、そしてコミュニケーションの希薄さについて考えさせられる。

 

例えば、あなたが誰かに何か秘密を握られ、それで脅されているとしよう。警察はまともに取り合ってくれない。相談できる相手もいないし、秘密をばらされれば、この先どうなるのか不安でしょうがない。そんな状態追い込まれた時、あなたは脅されている人物に対してどういう行動を取るだろうか。

 

「死者のノック」の中では殺人という手段を用いて事件を解決しようと試みる。そこには、正義とは何か、という深いメッセージが込められているようで読んでからしばらく物思いにふけった。この作品に浸透しているテーマは「正義」ということである。正義のためなら殺人を犯して良い。そのような考えが見え隠れしていると思う。

 

作中に出てくるキャロラインという女性は、レッド・コテージに住むローズという女性に秘密を握られ、密かに脅されている。ローズは界隈であまり良い評判を聞く女ではなく、皆から売春婦であると疑惑をかけられている怪しい人物だ。そんなローズと関係を持っていること自体、キャロラインは触れられたくない。キャロラインはある日、ローズからそれとなく脅しを受けることになる。それも、自分の亭主がいる前で、秘密を匂わされながら脅されるのだ。

 

そのときのキャロラインの心境は生きた心地がしなかったであろう。同時に、彼女の中に積もった鬱憤や我慢が臨界点を突破した瞬間でもあった。キャロラインは最早、ローズを殺害することでしか自分は解放されないと考え、ローズを殺害する決意をしたのである。

 

 

 

ローズは翌日、短剣で胸を刺されて死んでいるところを発見された。通常ならば、警察が介入し事件の調査をすることになるだろう。ローズの遺体を発見したのは、奇しくもキャロラインの夫であるドビー。彼はこの時、自分の妻がローズを殺害したのであろうと考え、遺体を殺人から自殺に見せかけるために偽装工作をするのだ。彼の気持ちの中には、妻を守りたいという正義の心があった。

 

とはいうものの、警察もバカではない。しっかりと調査をし、すぐに犯人がキャロラインであるということを見抜いた。しかし、警察は犯人を捕まえようとはしない。なぜならば、警察はキャロラインの人間性の高さを知っているし、なによりもローズがこれまで行ってきた脅しの数々を見抜いているからだ。同時に、キャロラインとドビーの夫婦の絆が色濃く描かれている。

 

「正義」のために、ドビーは妻を守った。そして妻、キャロラインは自分が考える「正義」のために殺人を犯した。さらに、警察は「正義」のために殺人ではなく自殺として捜査を進めるのである。

 

「死者のノック」はミステリー小説だ。だから、多少のご都合主義的な面はあるだろう。とは言っても、やはりどんな場合であっても殺人によって事件を解決させることは正義にはならないと私は思う。例え、そこにどんな理由があったとしても、殺人は殺人であり、決して許されるものではないのだ。それならば、被害者はどういう対応をとれば良かったのか?そんな疑問にぶつかることになる。

 

確かに、状況は対話でどうなるかというレベルの話ではなかったし、脅されるキャロラインの気持ちを考えれば、同情的な意見が出ることは間違いない。それでもキャロラインは誰に対しても相談することなく、たった一人で事件をやり遂げてしまった。彼女が抱えた悩みの中には、他者との対話ということが欠落しているように思えた。

 

キャロラインには素晴らしい夫ドビーがいる。同時に、界隈に気心の知れた友人たちがたくさん住んでいるのだ。その誰にも相談することなく、彼女は殺人という最悪の手段によって事件を終着させようと考えてしまった。これは、現代社会で時おり叫ばれるコミュニケーション不足とひどく関連があるように思える。

 

「死者のノック」は1958年に出版された作品であり、既に半世紀以上も前の話である。それだけ昔のことなのに、どこか21世紀を生きる私たちの社会を見抜いているような気がして、不思議な気持ちになる。

 

殺人はどんなことがあってもしてはならない。いかなる正義感によってもだ。そして、情報化社会によるコミュニケーションの希薄さを感じさせる、重要な作品であると思う。私はこの本を読んで、正義とは何か?対話とは何か?その重要性について再認識させられることになった。

 

(30代男性)

 

 

 

 

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