「河童・或阿呆の一生」の読書感想文
この作品は芥川龍之介氏がパラレルワールドを表現している奇しくも、滑稽なSF小説である。まず、羅生門や地獄変の氏の作品のイメージとは一線を画した作品である。
主人公はおそらく人生という道に迷った男、しかしながら彼の体験した世にも奇妙な体験のすべてが夢幻であったと誰が断言できよう。
作中の河童たちは人間以上に人間的、いや河童的である。医師、学生、哲学者、経営者、音楽家、そして詩人など個性豊かな河童たちが登場し、主人公と我々読者は迷い込んだこの河童世界に徐々に愛着を感じてゆく。
河童たちはよく人間の事を知っており、人間の芸術にいたく興味を持っている。彼らの言語表現はユニークであり機智に富んでいて微笑ましく、温かい。
しかし、道徳観は人間より劣っているようで、死に関しては随分と冷淡である。自殺に関する表記もあり、作者芥川龍之介氏の思考の一端も見て取れるという事であろうか。道徳観を示すエピソードとしては、主人公の持ち物をある河童が盗んでしまう。
後にその河童を主人公が見つけ警察に突き出すが、無罪である。その理由が珍妙だ。犯人は子河童へのプレゼントとして盗み犯したのだが、子河童が死んだゆえに、盗んだ事の対象が存在しなくなり無罪だと言うのだから。
また、河童が誕生する際のエピソードが実に興味深い、産まれたいか、産まれたくないかを親が子に聞いて子が答えるというのだから、子はすでに判断能力を有しているのであろう。
ともあれ、主人公は河童たちと親交を深める。が、望郷の念に駆られ人間世界へと長老の計らいにより帰る事となる。その長老というのも見た目は子供なのだが…。帰郷した彼の姿を想像できるだろうか。
そう、誰も彼の話を信用するべくもなく、精神病院への入院を余儀なくされる。何とも言えない悲哀を感じさせる。今度は彼の望郷の想いも河童世界へ向かうのである。
彼の言によれば、病院へ河童の友人たちが次々と見舞い来てくれるのだと言う事だ。これは事実ではなくともある意味で弁護したくなるお話である。
(30代男性)
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