読書感想文「その日のまえに(重松清)」

この本との出会いは女優の桐谷美玲がおすすめしていたから読んでみたかった、というただ単純なものだった。「その日」と言われて思い浮かぶのはなんだろうか。友人や恋人と過ごす日、家族や大切な人の誕生日など様々あると思うが、この本に書かれている「その日」とは「死」が訪れる日だ。大切な人の死や自分の死、つまり「その日」を前に人々がどのように過ごすのかである。

 

私がこの本を読み、特に印象に残っている場面は「ヒア・カムズ・ザ・サン」という話の、母親が病院で再検査のため胃カメラを呑んでくることを15歳の息子に告げ、その息子が母親に再検査のことについて直接聞くことができず、家にある家庭の医学で胃カメラの項目を必死に読むことしか病気のことを知る方法がなく、もし自分がもっと大人で20歳だったら母親に「俺に相談してくれよ」と言えるのかもしれないのに、と考える場面である。

 

この本を読んで3か月ぐらいが経ったある日、私の母親が病院で検査を受けて帰ってきた。父親から「脳にポリープが見つかったからまた半年後に検査する」と告げられた時、この場面が私の中でよみがえった。

 

脳にポリープができる病気は何なのだろう。そう思い、この本に出でくる15歳の少年のようにインターネットで必死に調べた。悪性だった場合、助かる確率は何%なのだろう。なぜすぐに検査をしてくれず半年後なのだろう。遅すぎるのではないか。など、様々なことが気になった。この少年は20歳になれば「相談してよ」と言えるかもしれないと言っていた。しかし、私は20歳を超えているのに言えなかった。

 

ご飯を食べるときに「もっとご飯食べなよ」と言ったり母親が疲れていないか様子を見たりすることしかできていない。「大丈夫?相談してよ」と素直に言うには恥ずかしかった。21歳の私は世間一般では大人だけれど、年齢を重ねているだけで考えや行動はまだまだ子供だ。気に障ることを言われればすぐ怒り、文句ばかり言う。親孝行を全くすることができていない。

 

両親のためになにかできることはないのか考えてみたが、私がしていることは両親とたくさん話し、同じ空間にいることだ。今までは疲れていたら部屋にこもっていたがそれをやめた。両親といろんなことをたくさん話そうと決めた。21歳でこんなことしかできないのかと思われるだろう。だが、私はこれが精一杯だった。

 

この本を読む前は、両親がいずれ死ぬことなどあまり考えたことがなかった。私が結婚して子供を産んで、両親は私の子供の成長を一緒に見て…と、まだまだずっと一緒だと思っていた。しかし、この本を読み、ずっと一緒などありえない。いつか必ず大切な人の「その日」は来てしまうことを教えられた。

 

だから「その日」が来てしまう前に私の身近にいる人をもっと大切に想い、「その日」が来たときにもっと何かしてあげればよかったと後悔しないように日々を過ごして行かなければいけないと思うことができた。この本を読んで本当によかったと思う。

 

(20代女性)


 

 

 

 

普通に暮らしていたら、その日がいつ来るかなんて、考えないだろう。きっと、世の中の多くの人が、その日が来るまでその日のことなんて忘れていて、いつの間にかその人生を終えるのだと思う。では、その日があらかじめ分かっていたら? 自分のその日が、大切な人のその日が分かっていたら、どうやって1日1日を過ごすのだろう。

 

この小説は、その日…人生を終えるその日を宣告された人たちの、その日の前、その日、その日の後をめぐる物語だ。読み進めることが、こんなに辛い小説は初めてだったかもしれない。物語が進むにつれて、登場人物のその日が近づいてしまう。まるで自分自身も、その日を宣告された男であるかのように、その日を宣告された妻を持つ夫であるかのように、胸が締め付けられるのだ。

 

自暴自棄になる男の姿に、歯がゆくもありなぜか共感を覚える。母の死期をどうしても子供に伝えることのできない父に苛立ちながらも、涙する。同時に、自分だったら、その日の前にどう過ごすだろう?その日を迎えようとしている大切な人とどんな時間を過ごすだろうかと、知らず知らずのうちに避けていた死と向き合うことになる。

 

この物語は、その日の後までもが丁寧に描かれている。亡くなった妻宛の郵便物が届き、喜ぶ次男と悲しくなってしまう長男。少しずつ妻のいない生活に慣れていく夫。ここでまた、今まで考えたくもなかった大切な人を失った時のことを登場人物と一緒に考えざるを得なくなり、また涙してしまう。

 

わたしはこの小説を読んで、初めて死について真剣に考えた。もし突然、半年の余命を宣告されたら、日々をどうやってすごしていこう。やり残したことはたくさんある、何からやる? 大切な人達に何を残す? 逆に大切な人のその日が分かったらどうする? もちろん、自分が死ぬとき、その日があらかじめ分かるとは限らない。

 

最初に述べたように、あれ今日なの? と考える暇もなく、あっという間にその日を終えてしまう可能性だって十分にある。だからこそ、その日のことを考えたい。少しでも後悔のないように。わたしにとってこの小説は、自分自身の人生、そして大切な人と過ごす時間のきらめきをあらためて考えさせてくれた。

 

(20代女性)


 

 

 

裏表紙の内容紹介を読んで、読むかどうかをためらった。「家族の死」という重いテーマだったからだ。やはり「死」は怖い。子供の頃には、もっと遠いものとして受け止められた分今より軽い気持ちでこのようなテーマも読めたような気がする。

 

年を重ね、ニュースで同年代の芸能人の死、あるいは病気を目に耳にするようになり、決して遠いものではないことを感じるようになってしまった。「ひこうき雲」では子供の頃に「あまり死というものを身近に感じることができない感覚のまま出会った恩師の死」を思い出した。子供なりに先生の入院という事態に向き合い、手紙を出したことを覚えている。

 

その頃の精一杯の気持ちを持って書いた手紙だとは思うが、内容については全く覚えていない。何を書いたのだろう。無邪気に先生を傷つけるようなことを書いていなかっただろうか。そんなことをふと思った。当時の先生と同じくらいの年齢になり、子供を残して逝くことがどんなに辛かっただろうかと、子供の頃とは違った悲しみを感じた。

 

その頃にはその頃の自分なりのことしかできない。それは皆同じなんだろうな、と思った。納得がいくとかいかないとかそういう感じではない、そういうものなんだろうな、と静かに思う。それだけなのだ。それしかできないのだから。

 

「朝日のあたる家」を読んで改めて思った。「仕事をすること」はやはり「悲しみを考えてしまう時間」から救ってくれる一つの手段ではないのかと。年を重ねて悲しいこと、不安なこと、寂しいこと、色々な思いを抱えたときに「忙しくしている」ことで気分が紛れることがあるのだな、と感じることが時々ある。

 

それは、「そんなに忙しくない」生活と「忙しい」生活を経験してきた今だからこそわかった感覚かもしれない。最近は「寂しさが苦手で働くことが好きという人も一定数いるのでは」と思うことがあり、偏った考えかもしれないので誰にも話してはいないが仕事にはそういう面があると考えている。この話に出てくる主人公も仕事をすることで救われた分があると思った、だからこそ出会える人もいたのだから。

 

「ヒア・カムズ・ザ・サン」「その日のまえに」「その日」はとにかくせつなかった。病との関係が現在進行形だったからだ。とてもせつなくて胸にズンと響く。とても響いたけれど、せつなすぎて言葉にならない。「その日のあとで」は、綺麗にまとまりすぎているわけでもなく、でもいろんなことが繋がって、希望という光輝いたものでもなく、でもなんだろう、時間は流れていくんだよね、という感じがして、そうやって人は生きていくしかないのだろうとも思った。

 

多分、私にもこれからそんな思いをする時間がそれなりにやってくる。年をとるというのはそういうことなのだ、そういうものと向き合うことも「生きる」ということなのだ。生きることに感謝して、受け止めて行く力をつけていくしかないのだろう。

 

この本を読んで、希望を持たせるものではなく、悲しみの対処を教えてもらえるわけでもない。でも、普段目を背けがちなことにも触れる時間というのは必要なのだと思う。悲しいことに向きあうのがつらい年代だからこそ感じるものがあると思う。

 

(40代女性)

 

 

 

 

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