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読書感想文「ツリーハウス(角田光代)」

「ツリーハウス」の読書感想文

フツーの人たちの物語この小説はいくつかの章ごとにストーリーテーラーが変化していく。20代の若者(孫の良嗣)であったり、その祖父であったり、祖母であったり、その父であったり、その母であったり、叔父であったり、叔母であったりというふうに。各ストーリーテーラーである登場人物の目線で時代と世代も変幻自在に交差する。
 
時代、世代ごとの群像劇に躍動感とスピード感があり、一気に物語の中に引きつけられる。読者は各々の年代に合わせ、各登場人物に驚き、共感するようになるだろう。彼らのストーリーはどうだったんだろう、あの後どうなったんだろうかと引き込まて先を読みたくなまた、冒頭に戻ってみたりしながら分厚い作品を一気に読み終わった。 
 
各時代の背景には綿密に調べられたであろう史実がおそらく計算されちりばめられているものの、登場人物たちは決して歴史に名を残した有名な人物ではない。一般人の男女で構成された家族が主人公だ。何かの世界でてっぺんをとったというような話も出てこない。何か大きな志をもって行動を起こす人々の物語でもないし、ひょんなことから大成功しましためでたしめでたしという話でもない。
 
挫折も多いし、頑張ったから報われるという話でもない。しかしそれゆえに作中の登場人物はよりリアリティーを持たされ、読者はアイデンティファイしたり、共感したり、感慨を持つにいたる。何か前に似たものがあったなと思っていたらと、そう、映画フォーレストギャンプを思い出す。まあ、フォーレストギャンプは最後は投資家としても大成功するというストーリーでしたが。
 
ツリーハウスかハウスツリーか小説全般を通して扱うテーマは非常に重いものが出て来るのに、悲劇的ではないのが不思議である。例えば満州引揚者である祖父母の息子たちの死が幼少期と青年期と複数回出て来る。子供、孫の代では失業、学生運動の挫折、夢の挫折、ひきこもり、ニートと満州からの引揚者で成功者の子孫のはずが、次の世代は一気に停滞ムードになる。
 
戦後現代社会の問題のオンパレードである。そこから登場人物たちがもがき、何とかして這い上がるという物語でもない。むしろ、なんとかして凌いできたというのがぴったりとくる。いま40、50代の世代は歴史上はじめて親世代の生活水準を越えられない世代と社会学者たちがもう20年くらい前に言っていたのを思い出す。この小説の停滞ムードはそれをよく証明しているともいえる。
 
この小説は圧倒的な成功者の出て来る物語ではないからハリウッド映画のような爽快感はないものの読後感はなぜかほのぼのとしている。人生なんてそういうものかもしれない―というあきらめの境地とも少し違う。ヒーローは出てこなくても、フツーの人たちがフツーの人生の中でもがき、選択し、あるいは凌ぎ、気が付くと歩いてきた道と現在は結局はつながっているということを再確認するからホッとするのかもしれない。
 
タイトルはツリーハウスである。主人公の良嗣が冒頭で感じた「脆弱で根を持たない家族」という意味なのろうが、作者はこれをわざと逆説的に使ったようにも感じられる。実際読み終われば、読者はファミリーツリーすなわち家族史を体験できることになる。颯爽としたヒーローやヒロインが登場するわけでもなく、大仰な人生訓が語られるわけでもないのに、読者は癒されることになる。
 
作家の筆の巧みさが感じられるタイトルである。世代間の交流なんて最初のストーリーテーラーである孫の良嗣は同居する祖父の死を境に家族史や家族のルーツ、言い換えると自分自身の存在のルーツに興味を持ち始める。それまで、そういったものにまるで興味がなく、そういう事柄に自分だけでなく、周囲の家族とも話すことがなかった。家族も好んで話そうともしなかった。
 
その日を境に現在とつながった過去について急速に興味を持つようになる。最近はテレビ番組などでも有名人の家族の歴史をたどるような番組がある。司会者の芸人と共に、番組出演者は自分の家族の過去の歴史に驚きの表情や時には感動の涙を見せているが、あれは決して演出ではないのかもしれない。思えば私たちは自分の家族のルーツなんてそこまで真剣に調べたことがあるだろうか。
 
家族の会話の中にそういうことが出て来ることもないだろうし、昨今、食卓を家族で囲み会話をするということさえまれなのかもしれない。父や母の幼少時代、青年時代、祖父母の幼少時代、青年時代一体どんな人生の選択をして、そこで何を思い、何を考え、日々を生きてきたのだろうかなんて、たいていの人は話したこともないというのが一般的なのではないか。
 
そういった意味での本当の世代間の交流なんてほとんどなされていないのが実情だろう。この物語の終盤に祖母、元祖ひきこもりの叔父とともに孫の良嗣は祖父母が出会った地である大連に旅行に出かける。祖母は死ぬ前に過去をもう一度振り返りたいという思い、叔父は単なる興味から、良嗣は家族のルーツを少しでも知りたいという欲求から。
 
この小説には人生訓や美談は一つも出てこないけれども、読み終えるころには登場人物すべてに感と好意を持ちつようになってしまう。読者は知らないうちにこのフツーの人びとの歩みを時にはおかしみと感動さえ感じさせるこの角田作品によって一気に体験してしまうからである。
 
(20代男性)

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