読書感想文「三月の招待状(角田光代)」

この男女5人の関係図は学生時代からの延長で、仲が良いのはいいけれど一方社会での新しい人間関係を築けない、楽な仲間とつるんでいる方が良いとする、ある意味未成熟な仲間の印象を持った。先ず、そのうちの男女が結婚を繰り返したあげく離婚をするという、離婚パーティーから始まりますが、ちょっと意表を突いた始まりで、話に引き込まれた。

 

登場人物の5人は実に立場も性質も違っていて、いろんなパターンの人間サンプルを見るようだ。
その中で3人の女性を焦点にあてると、社会的地位や性質の格差でもって描かれている点は分かり易いものの、お互いに心の底で探りあっているあたりは、嫌悪感を覚えるところだ。特に、自分を1人の成功者と思っている充瑠という女性が、どこかで見下している麻美に、何かあれば連絡をとり友達であるかのようにしているのが、違和感があるのだ。

 

 

きっと目の前で存在を比較しては、優越感を得たいのかもしれない。だからこそ離婚パーティーの後、その充瑠が学生時代から憧れを抱いていた宇田男と、その麻美と付き合っていると知った時、強い嫉妬心が沸いたのだろうと思った。自分が女性として麻美より劣っているはずがない、と信じていただけにだ。こういう女性が、一番苦手だ。というのか、何か勘違いしているのだろう。

 

それを、もう一人の友人裕美子が気づいてあげて正してあげれないのもまた、裕美子の残念な属性だ。恵まれた環境に育っている裕美子はのほほんとしていて、おそらく友人のダメな部分にも鈍感なのかもしれないが。一方男性陣は、見栄とか差別感をあまり持たない所為か男性同士の心の衝突は無く、男性は良いな、と感じた。

 

では著者は、何故このように、学生時代の仲間意識に深く深く依存した人達の話を描いて何を伝えたかったのか、と考えた。心打ちとけていると思えない友人と人間関係を続ける意味は何だろう?新しい人間関係で起こりうる問題も少なくて済むからと、良くも悪くも一緒に時代を送ってきた連中とつるんで過ごすのは、それは楽だろうけど見聞は広がらない生き方だ、という事だろうか。どうも、新しい発見や共感を持つ点が少ないストーリーだと思った。

 

(60代女性)

 

 

 

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