読書感想文「斜陽(太宰治)」

この作品には四人のメインキャラクターが出てくるのだが私はどのキャラクターも自分の正義を貫いていて素晴らしいと思った。見ていて苦しくなる部分もあるのだが、それぞれがそれぞれに愛を持ち、生き抜いている姿はやはりまぶしいという印象を受ける。

 

太宰治の作品は人間の正義を上手く表現していると思う。もちろん、賛成できない部分や、感情移入できないキャラクターも多い。しかし、人間の不条理さや汚さもしっかりと描いてくれるので私は個人的には読んだあとは気持ちが良いのである。

 

「斜陽」も母親には全く感情移入することができなかった。しかし、この本はきっと読み手の環境やタイミングが違えばまた新しい感情や景色を発見することの出来る作品ではないだろうかと思った。

 

戦うという表現を使っているが、まさに生きることは戦うことだと思う。決して良いことばかりではない。また、平等に幸せがあるのかもわからない世の中である。弟の直治はお金は持っているが、そのお金は自分で得たお金ではなく、もがき続けて庶民への憧れを忘れないでいる。

 

そして、遺書には「私は、貴族だ」と書いている。一見すると、庶民から見たらとても幸せである直治は結局はかごの中の鳥と変わらなかったのだ。また、落ちぶれても最後まで貴族であり続ける母親は死ぬ瞬間まで貴族であり続ける。そう考えると人は皆自分の求めているフィールドに行けるかもわからない。

 

自分がどう生きるか、どう行動するかが重要なのだと改めて思わせてくれた。とても力をくれた本だと思った。そして、子供を授かったかず子は子供を産むことを決意して、庶民として生きていくわけである。私ならここまで冒険する人生を選ぶことはしないだろう。

 

しかし、自分の意志を大切にして、守るものがないにも関わらず生きて行こうとするかず子からは何か学ぶものがあると感じた。もちろん、自殺をしてしまった直治もそうである。庶民になりたかったからこそ、貴族をやめるために自殺という形をとってしまったが自分の意志を全うしたのだ。

 

人生を全うする人間はこの世に何人いるのかわからない。でも、幸せかどうかは自分自身が決めるものである。そう考えるとここに出てくるキャラクターはすべて幸せなのではと思う。また、明日からの自分に何かを与えてくれたそんな気がする。

 

(30代女性)


 

 

 

 

この本を初めて読んだのは17歳のときだった。そのときは「何故、この本が名作なんだろう」と思ったが正直なところだった。そして再度手にとって読んだのは23歳くらいのとき、このときは本の時代背景について、「当時はそんな感じだったんだ」と思ったくらいだった。

 

そしてまた30歳を越えた時に、ふと思い出し読んでみると、悲しくて悲しくて、気持ちのやり場が見つからず、涙が止まらなかった。たぶん幼かった私は、この主人公の感情を「知らなかった」のだ。親への愛情と距離。生命を与えてくれたいつか失ってしまうかけがえのない人。

 

兄弟への愛情と距離。時に愛しく、時に煩わしい、一緒に成長してきた者。異性への愛情と距離。盲目になり、怖じ気づき、コントロールが効かなくなる相手。そして、時代。逃れようのない生まれと没落。かず子が上原に抱いている感情は、寂しさなのか、執着なのか、初恋なのか、結末を知っているはずなのに悲しくて途中で読むのを休んでしまった。

 

そして、不倫の子供を宿すことは許されないことなのかも知れない。だけれども、かず子はひとりぼっちじゃなくなったということに、私は安堵した。上原は去って行くだろう。子供を抱くことはないだろう。むしろ子供が出来たことすら知らないのかも知れない。しかし、最愛の母と弟を失ったかず子にまた家族が出来たのだ。

 

母は喜んでくれるだろうか。私はこの本はやりきれないほど悲しいが、最後はハッピーエンドなのではないかと思う。かず子はひとりで子供を産んで、ひとりで育てて行くのだろう。子供を育てるために働きに出るのだろう。また「よいとまけ」に行くのだろうか。子供は近所の人に預かってもらえるのだろうか。

 

お嬢様育ちのかず子は大変な苦労をするのだろう。しかし、一時でも愛した人の子供を育てることは、かず子にとって、また、女にとって幸せなことなのではないかと思う。私自身、子供が出来たことで、この気持ちを初めて「知る」ことが出来たように思える。

 

(30代女性)

 

 

 

 

 

斜陽

斜陽

posted with amazlet at 18.07.27
(2012-09-27)

 

 

ブログをメールで購読

メールアドレスを記入して購読すれば、更新をメールで受信できます。

 

太宰治作品の読書感想文はこちら

コメントを残す

シェアする