読書感想文「ふくわらい(西加奈子)」

世界に恋をする、ああこういうことか、私も幼い頃、きっとこうして世界に恋をしたのだろう。そのように思わせてくれる作品だった。主人公の定は20代の女性、編集者として働いている。一風変わった生育環境とその感性から、周囲の人々、世界との間にガラスの壁のような隔たりを感じながら生きている定。

 

幼い定の心を強烈に動かした体験が「ふくわらい」で、大人になった今も自宅でふくわらいをするのが趣味である。そしていわゆる紙のふくわらいだけでなく、実際の人の顔のパーツを想像の中で自在に動かして遊ぶふくわらいをも密かに楽しんでいるのである。

 

そんな定の世界、そして定自身に変化が訪れる。編集者として担当することになったプロレスラーや、定に一目惚れした視覚障害をもつ男性、雨を降らせるよう頼んでくる作家や女性との逢瀬を楽しむベテラン作家、そして美人の同僚など、そんな周囲の人々との出会いの中で変わっていくのである。

 

周囲の人々の定に対する反応は様々だ。気味が悪いと感じる者もいれば、定のもつ純粋さに強く惹かれる者もいる。ただ、どの人物も定を変えよう、変えてやろうとはしない。定も自分で変わろう、周囲の「普通の」世界に合わせようとすることはない。

 

定が唯一気を許してきた存在である乳母の老いや、ある作家の死など、様々な出来事があいまって、定が変わる、ある意味この世界に定が「生まれる」ための時機が訪れたのだろう。定の父母との関係は、特殊なものであった。その関係性が、周囲の人が、そして世間が定を恐れたり、気味悪がる一因ともなっている。

 

定はとうに成人した今になっても母とのふくわらいの思い出であるタオルを愛しており、それはいわゆる移行対象のようにも思える。また、定は父を愛していたが、文字どおり父を「食べる」ことで父を内在化してきた。

 

そんな父母との関係にも大きな変化が訪れて、定が抽象的に父母を内在化できるようになったことで、定は初めて真の意味でこの世界に生まれたのだと、そんな風に感じさせられた。世界に出会い、世界に恋する体験は通常は幼少期にすることが多く、記憶にも残らない。

 

しかし定は大人になった定自身の体と心で、その体験をすることができており、その眩しさは強烈だ。定をとおしてそんな体験ができたことを嬉しく思う。

 

(30代女性)

 

 

 

私はこの本を読んで、自分が刃物で刺されたかのような感覚になった。『ふくわらい』は、独自の世界観を生き、周りに溶け込もうとしない主人公が、二人の男性と出会って少しずつ変わっていく姿が描かれている。

 

最初は主人公の心情が理解できないうえに、出会う男性が変人のプロレスラーと盲目の男性であり、私はどの登場人物にもあまり共感できずに読んでいた。しかし、中盤から私は本のページをめくる手が止められなかった。なぜなら、物語が進んでいくとともに登場人物ひとりひとりの感情が痛いほどわかるからである。

 

主人公もプロレスラーも盲目の男性も、自らに対して純粋で、どこまでもまっすぐなのである。それは私が子供の時に感じたものに似ていて、長らく感じていないものでもある。だからこそ主人公たちの感じる、物事がうまくいかないもどかしさや他人から受ける勘違いに対して昔の私自身を反映して、自分のことかのような強い共感をしてしまうのである。

 

そして同時に、現在の私自身に違和感を覚える。現在の私は、他人の顔色を気にして発言をしたり、社会に溶け込もうと必死になっている。他人に流されず、自分を自分として捉えて堂々と生きている主人公たちの姿は、私に「自分として生きろ」と訴えかけてくるかのようだ。

 

そして私自身として生きていくことに対して許可してくれているようでもある。私はこの本を通じて現在の自分に対して不満を持っているのだと自覚し、自分の殻を破って生きていきたいと思った。

 

それは今まで積み上げてきた経験、社会性を否定することにもなりうるが、主人公が少しずつ他人の価値観を取り込んで新しい自分になっていく過程に大いに感銘を受けたのである。また、私はいままで「結果」を求めて小説を読んでいた。具体的にはミステリー小説であり、犯人は誰か、トリックはどのようなものかが最終的に明かされるような作品を好んで読んできた。

 

しかし、『ふくわらい』で私は「過程」の楽しみ方を知ったのである。物語は展開的に何かが大きく変わったりせず、あくまでも主人公の日常を追う形でストーリーは進む。主人公が人間の肉を食べた過去を回想したり、空に向かって雨ごいをするような、非日常的な描写も、まるで作者が経験したかのように生々しく、私もその経験をしている錯覚に陥る。

 

そして最後の一文まで、主人公たちの心情に寄り添い、一緒に喜怒哀楽する。今まで読んできた小説にそういった感覚になった小説はなかった。『ふくわらい』は私を変える、衝撃的な作品だった。

 

(20代女性)

 

 

 

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