読書感想文「漁港の肉子ちゃん(西加奈子)」

この本を読んで私は人間の強さを感じた。強さとは生命力の強さのことでもあり、絆の強さのことでもある。この物語の主人公である「肉子ちゃん」はお世辞にも美人とは言えず、まるまると太っている。すぐに男ダマされ、貢ぎ、あげく逃げた男の借金を肩代わりしても、あっけらかんとしながら焼肉屋でせっせと働き借金を返しているのである。

 

女性として魅力的とはいえない肉子ちゃんだが、この本を読み終わったあとに、肉子ちゃんがどれほど愛おしい女性であることか分かるはずだ。肉子ちゃんの口から発せられる言葉や彼女の放つ空気感は、人の気持ちなどお構いなしにそこにあり続け、一切ぶれない。

 

それはときに空気の読めない人間と言われがちだが、肉子ちゃんはそれすらも吹き飛ばしてしまうパワーを持っているのだ。読んでいくうちに、肉子ちゃんの存在に安心させられている自分がいた。こんな人が身近にいたらと思うと本当にうらやましくて、会って話しをしてみたいと思えるほどだ。

 

しかしそんな彼女にも過去は存在する。彼女には昔、姉妹のように仲の良かった親友がいた。いまはもういない。いつでも関西弁を話す肉子ちゃんはその昔東京に住んでいたのだ。そして今では日本海に面する漁港で、自分と同じ名前の娘とともに暮らしている。

 

この本に出てくる漁港にはいろいろな人が暮らしている。読んでいくうちにそのひとたちの生活が見え始め、息づかいまで聞こえてくるのだ。この漁港に住んでいる人たちはみな生きているのだと感じた。肉子ちゃんだけではなく、登場人物みんながこの本のなかで生きているのである。

 

「きくりん」と呼ばれている肉子ちゃんの娘「喜久子」は肉子ちゃんとは違い、いわゆる普通の感覚を持っている女の子で、読者が一番感情移入できる人物だが、彼女にも彼女の葛藤があり、人知れず抱いていた思いに心を打たれた。また、あとがきを読んでさらに感銘を受けた。

 

漁港のモデルは日本海ではなく、宮城県のとある漁港だったという。震災前の話だ。あんなに生命力に満ち溢れていて、本の中の漁港で生き続ける肉子ちゃんは、やっぱり魅力的で、ちょっとずるいと思った。

 

(20代男性)


 

 

 

 

肉子ちゃんは憎めない。おバカでだまされてばっかりでも他人を責めない肉子ちゃんのことが、私は大好きだ。意味不明の言葉も、ぶるぶるの肉も、みっともない泣き方も全部彼女の魅力だ。冒頭から笑ってしまう。漢字を分解して意味を見出そうとするところまでは賢そうだが、肉子ちゃんの場合は意味をなさないところまで分解して今うので元も子もない。

 

でも私はそこがたまらなく好きだ。「心配」を「心を配る」ではなくて、「心と酉(とり)と己」まで分解して意味不明なことを言う肉子ちゃんが、私の近くにもいてくれたらいいのになと思う。彼女がそばにいてくれるだけで、きっと私の日常は明るくなるだろう。苦労しかしていないような人生を送ってきたはずなのに、肉子ちゃんはいつも明るいのである。

 

決して美しいとは言えない、むしろ見苦しいと非難されるような体型とふるまいで、肉子ちゃんは毎日を一生懸命に生きるのだ。その姿に元気づけられただけでなく、心打たれた。「生きる」ということはこういうことなのかもしれないと、肉子ちゃんの姿を見て思った。タイトルでも肉子ちゃんとなっているが、彼女の本名は菊子だ。

 

あまりにも肉子ちゃんというあだ名がぴったりなため、彼女の本名を忘れてしまう。その娘のきくりんは、肉子ちゃんとは正反対の冷静で賢い小学生だが、きくりんもまた愛しいキャラクターである。この本の最初の一行、きくりんによる「肉子ちゃんは、私の母親である」という言葉を、本を読んだ後に改めて読んでさらに泣いてしまった。

 

肉子ちゃんに心から愛されて大事に育てられているきくりんだが、小学生ながら孤独を抱え込んだような彼女を、小説を読みながら私も守ってあげたくなった。金子さんというペットショップの店長さんも印象的だ。動物を愛する優しい人だが、癖が強すぎて、見ているだけでおもしろい。ペットショップを経営しているのに、ペットをなかなか売らない。

 

どうやってこの店は収益を得ているのか、疑問だ。でも動物のことを真剣に考えれば、金子さんのように簡単に売らない選択が正しいのだと思う。肉子ちゃんと同じく、金子さんも実在していればいいのにと思う人物である。

 

(20代女性)

 

 

 

 

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西 加奈子
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