読書感想文「三四郎(夏目漱石)」

作品のはじめのほう、九州から上京する電車の中で主人公の三四郎が窓から弁当を投げ捨てる場面がある。当時の奔放なゴミの処理の仕方にも驚くが、向かいの席の窓から顔をだしていた女性の顔に弁当箱を当てるとは、今なら考えられないハプニングだ。女性は怒ったり責めたりしなかったものの、現代では下手したらマナーがなってないとニュースや新聞などでとりあげ、咎められかねない。それくらい今の人は電車やバスの中で、暗黙の了解というか不可侵条約を結んでいるが如く、狭い空間に密集し、肩が触れんばかりに人と隣あっていても、干渉しあわない。経験からして、この傾向は日本人特有のものではないかと思う。

 

というのも前に高速バスに乗ったとき、隣の席の中国人に広げた地図を指差しながら、地名の読み方をしきりに聞かれ、結局降りるまでつきあった覚えがあるからだ。正直眠たかったし、相手にするのが煩わしくて嫌な顔をしていたと思うが、すこしも察することなく「すみません眠たいんで」と断ってもかまわず、無邪気に話しかけてきたのが印象的だった。かといって正反対に移動中、ずっと黙りこくってむっつりしている日本人が、他人に無関心なわけではないと思う。むしろ人を気にしすぎているのだろう。これも経験で、赤ん坊を抱っこした女性と電車で席が隣になったことがある。赤ん坊は静かだったし、多少泣いてもかまわないと思っていたから、指定席で不運だなと別に嘆くことはなかった。それでも、降りる頃にはくたくたになっていた。

 

とくにトラブルが起こったわけでもないし、黙って座っていただけにも関わらずだ。本当に赤ん坊が目障りだとか、うるさいだとかは思わなかった。ただ、肩身を狭くしているように見える隣の女性が、私がそう思っていると思ったら、さらに縮こまってしまうのではないかと気にしていた。だから、赤ん坊なんて目に入ってないですよと言うように、すました顔をしていた。無関心を装うこと自体労力がいるのに、相手に演技がばれるのではないかと内心びくびくしていたから、そりゃあ疲れるというものだ。

 

私の場合は気を回しすぎなのかもしれないが、車中の沈黙には同じように気にしていないふりを無理してしているような意志を覚えさせる。そもそも狭い箱の中に大勢でいて、人に無関心でいられるはずがないくせに、皆一様にそしらぬ顔をしているほうが不自然なのだ。気になりつつも気にしないふりをする人もいれば、気にならなくてもつい必要以上に気にしていないアピールをする人もいるのだろう。中には気になってしかたない、どうにかしろと声高に訴える人もいるが、大多数は人に自分が気にするような人間だと思われたくないのだと思う。

 

主人公の三四郎もその傾向が強い。なにせ、例の弁当箱をぶつけた女性に、宿を紹介してくれと頼まれた挙句、同室になって風呂場まで入ってこられたのになにも言えなかったくらいだ。そして別れ際女性に「あなたはよっぽど度胸のないかたなのですね」と言われてしまう。二度とこんな恥ずかしい目に合いたくないと思ったのだろう。それからは、もっとガードを固くして、とくに女性に対してはすました態度をとろうとする。

 

象徴的なのは、三四郎が丘にいた女性二人を見つける場面だ。その坂の下には石橋があって、そこを渡らなければまっすぐ大学に、渡れば水際の自分の元にくることになるというので、彼女たちがどうするか三四郎は気にするのだった。この気持ちは分からないでない。例えば、空いている電車の中で、自分の傍に誰かが座ったら意識するのと似ているだろう。果たして、彼女たちは三四郎の元へくる。とくに話しかけたくて来たようには見えないものの、たぶん三四郎は、彼女が自分に気があるのではないかと僅かながら思ってしまった。そんな自分を恥じて、またばれないように以後努めて、別に女性には興味がないですよという顔をしていたように思う。

 

でも、女性のほうは、馬鹿みたいな勘ちがいするくらい自分に興味を持ってくれたほうが嬉しいわけだし、必死に取り澄まそうとする三四郎を却って微笑ましく思ったかもしれない。そのことに気づけなかった三四郎は哀れだが、やはり微笑ましく思える。私も人のことが言えない。私の場合、ばれて恥ずかしいというより人に気にないふりをさせるだけ気を使わせていることを相手が悪く思い、もっと気兼ねするのではないかとそこまで心配してしまうのだ。気の回し方にきりがなくて我ながら疲れるし呆れるが、でもやはり笑えもするのだった。

 

(20代女性)


 

 

 

私は、大学と大学院で、この作品で論文を書いた。初めて読んだのは、高校生の頃である。衝撃を受けた。「これが漱石の文体なのだな」と思った。三四郎の、淡い失恋物語とも単純に読めば、受け取れるが、そうではない。登場人物たちが、複雑に絡まり合った、青春小説なのである。上京する折、三四郎は広田先生に出会う。広田先生の言葉に、カルチャー・ショックを受ける三四郎が、高校生の私には、自分自身に重なって思えた。当時、三島、川端なども、同時に読んだが、やはり、漱石にかなう作家はいないと思う。まず、ヒロインの描き方が、美しい。そして、ヒロインを魅力的に描きながらも、漱石は、ヒロインを切り捨てている。

 

明治という時代も関係するだろう。だが、明治と平成と、どう違うというのか。明治の女も窮屈だっただろうが、平成の女だって、充分窮屈だ。その他、三四郎の友人として描かれている、与次郎が実に魅力的だ。物語を、かきまぜるだけの登場人物としてではなく、漱石が、「三四郎」に与次郎を登場させた意味とは何か。それを考えるだけでも、面白い。そして、ラストシーンまで、後半、動かなかった物語が、ぐいぐい動き出す。ヒロインは、いつ結婚を決意したのか。野々宮に、見切りをつけたのはいつか。こういう問題は、三十代で、まだ未婚の私自身に置き換えても、実にエキサイティングな問いである。

 

結婚は、恋愛と違う、とヒロインは、青春の敗北をしたのか。三四郎は、ヒロインの気持ちを知ったときには、もう遅いのだ。自分を憧れの目で見てくれた三四郎に、ヒロインを救う力はない。何度読んでも、新しい発見がある漱石の作品群の中で、「三四郎」はとびきりの青春小説だ。しかも、単なる青春小説と言うだけではなく、ほろ苦い。もし私がヒロインだったら、と高校生の頃から読み続けて、20年以上が過ぎた。まだまだ読み返すつもりだ。現代の小説の、原点にもなっていると思われる夏目漱石。漱石の中で、おススメ作品は数あれど、一番目におススメする作品はと言われると、文句なしに、「三四郎」だと思われる。

 

(30代女性)

 


 

 

明治期に書かれた古典とは思えないほど、現代的感覚に満ちた作品だ。進学のために東京に出てきた主人公の三四郎は、当初は本格的な学問に高い期待を持っているものの、じきに幻滅する。悪友に振り回される学生生活を送りつつも、尊敬できる人や、何よりも好きな女性と出会う。故郷ののんびりとした世界、学問の世界、恋した女性に代表される都会の世界という、三つの世界を行き来しつつ、三四郎は結局どこにも腰を据えない。細かい設定や道具立てを明治から現在に置きかえさえすれば、今シーズンのドラマとして放映しても、充分通用する気がする。

 

いや、わざわざそのような手間をかけずとも、そのまま読める作品だ。2020年の東京オリンピックを前に、急速に再開発が進んでいる今の東京は、「すべての物が破壊されつつあるようにみえる。そうしてすべての物がまた同時に建設されつつあるようにみえる」。三四郎が借りた本の落書きの著者は、日本の大学生を「のっぺらぼうに講義を聞いて、のっぺらぼうに卒業し去る」と批判するが、そんな大学生に必要な助言は、「生きている頭を、死んだ講義で封じ込めちゃ、助からない」という、三四郎の友人である与次郎の言葉だろう。

 

泣いている迷子を可哀そうだと思いつつ、三四郎たちを含め往来の人が何もしてやらない姿は、今も変わらない。だからこそ、「新聞の社会記事は十の九まで悲劇である。けれども我々はこの悲劇を悲劇として味わう余裕がない。ただ事実の報道として読むだけ」なのだ。ということは、日本は明治の時代から変わっていないのだろうか。更に言えば、人間というのは進歩がないものなのだろうか。そんな思いに駆られなくもないが、もちろんそんなことはないだろう。三四郎や広田先生のように列車の窓からゴミを捨てるような人は、もはやいない。

 

マナーという点では、間違いなく当時より向上しただろう。だが一方で、やはりどれだけ人は前に進んでいるのだろうと、疑問を感じなくもない。広田先生が三四郎に語る、「とらわれちゃだめだ。いくら日本のためを思ったって贔屓の引き倒しになるばかりだ」という言葉は、「世界に比べて、日本はこんな点ですごい」とか、「こんなすごいことをしている日本人がいる」ということを紹介する本やテレビ番組が多い現在にも通じる警句だろう。学生時代には明治の古典は、国語の授業で扱われたものを仕方なしに読むだけで、積極的に近寄りたいとは思えない存在だった。

 

だが最近、食わず嫌いだったのかなと思わなくもない。新刊本を詠むのももちろん良いが、その合間にたまには古典を読むのも楽しい。何といっても、現在でも書店で売られ続けているというのは、それだけの魅力があってのことなのだから。これからも、少しずつ古典を読んでいきたい。

 

(40代女性)

 

 

 

三四郎

三四郎

posted with amazlet at 18.07.16
(2012-09-27)

 

 

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