読書感想文「天国までの百マイル(浅田次郎)」

この本を読んだ時、私は母を癌で亡くしたばかりだった。「もっとしてあげられる事があったんじゃないか」「あの時仕事じゃなくて母の看病を優先していれば」。当時はそんな後悔の念ばかりが頭に浮かび、辛い毎日だったのを覚えている。この小説のなかにも、心臓病で死を目前にした母親がひとりいる。

 

彼女には息子が三人、二人の兄はいわゆるエリートで、主人公である末息子は事業に失敗し、妻子にも逃げられるどん底状態。母親自身もエリートの息子達も、母親の余命の少ないことを「仕方がないこと」と受け入れているのに対し、主人公ただひとりがあきらめきれない。

 

心臓の名医がいる病院へ転院して手術を受けるように母親を説得し、自ら用意した車で病院までの道のりを走る。普通だったら、冷淡なエリートの兄達と違って、お金はなくても心優しい主人公の息子感情移入するところだが、この時の自分は「母の思い」によりそって読んだ。

 

 

 

母親が「これが自分の寿命」と一旦受け入れていたものを、手術を受けることにしたのは息子のためだと思う。仕事も家族もなくした息子は、母親を助けることで、誰にも必要とされない今の自分から脱したかったのだ。母親の容態は悪く、病院へ向かう途中で息絶える可能性もある。

 

息子は「無機質な救急車の中で死なせたくない」という思いから自分で車を用意するが、それもこれも母のためといいながら結局は自分のためにしていることだ。まだ母親に生きていてもらいたい、ダメでも自分は出来るだけのことをしたのだと思いたい息子。そんな息子の思いを受け入れ、息子のために命を落とす覚悟で車に乗る母親。

 

きっと息子を立ち直らせるための「最後のお勤め」のような気持ちだったろうと思う。この母親からしてみたら、冷淡なエリート息子達も主人公も同じように愛しい可愛い息子だ。ただエリート息子たちには自分はもう必要なく、主人公にはまだ必要なのだということを理解している。私はそこに、母親の子供に対する無心の愛を感じた。

 

子供が必要とする時にはそばにいるが、見返りは一切求めない。そんな深い愛情が母親にはあるのだ。この小説を読みながら、私は「ああ、もう自分を責めることないんだな」と思うことができた。母にしてあげられた事はもっとあったかもしれない。でも完璧な娘でなくっていいんだ、それでも母は私を愛してくれたんだと素直に感謝することができ、すごく救われた気持ちになった。

 

母を亡くしたばかりでなかったら、また違う感じ方をしたと思う。でもあの時の自分にとっては救いの一冊となった。

 

(40代女性)

 

 

 

 

天国までの百マイル (講談社文庫)
浅田 次郎
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