読書感想文「ラディゲの死(三島由紀夫)」

三島由紀夫という作家は、日本ではなくヨーロッパに生を受けていれば今も自殺することなく飄々と作家活動を続けていただろうと思う。彼の戯曲や小説にある素晴らしいロジックや構成力は、いまだ国際的に優れた哲学者がいない日本では、正しく評価するのが難しかったのだろうと思う。

 

三島由紀夫のような常に他者の賞賛を求める自己顕示欲の高い天才にとって、そういった無理解は大変苦痛なことだったことは容易に想像できる。本書「ラディゲの死」という三島由紀夫の短編集を読む機会を得て、一番自分が感じることは上記のようなことであった。

 

特に表題作の『ラディゲの死』と『朝顔』。『ラディゲの死』は実在の同性愛関係にあった詩人の死の顛末を、『朝顔』は三島由紀夫の妹で腸チフスで夭折した平岡美津子の登場する夢を私小説に近い形で書いた作品である。彼は私達に予告し続けたのである。作家である自分という男を読者が再認しなければ、いつでも死ぬ覚悟があると。

 

それはさながら、高層ビルの屋上から飛び降り自殺を宣言し警察や民間人を困らせる人にとてもよく似ている。私もパタンと本を閉じた瞬間に考えた。もし、生きてる限りずっとこの世界のどこにも自分を1%も理解してくれる人がいなかったとして、私は生きていけるだろうか?そして、文学や哲学や宗教を通して、そのような絶対的な孤独に耐えられるような価値観を手に入れることができるだろうか?

 

 

 

答えはどちらも「NO」であった。夭折した詩人ラディゲには、死の間際まで側に居た最高の理解者ジャン・コクトーがいた。妹美津子には、死後も夢を見続け、自分の事を思い愛してくれる三島由紀夫という存在がいた。では、人一倍自己顕示欲が高くわがままな彼には一体誰が理解者として居たのか?という疑問がわいてくる。

 

もちろん彼の母親や同業者を含めた部分的な理解者はいたであろうが、最初に書いたように彼の論理構成力や美的感覚を全て理解し愛してくれる人を見つけられなかったのが、三島由紀夫という作家の悲劇だったのではないだろうか。そして、それはそのまま読者である私にも降り掛かってくるかもしれない悲劇でもある。

 

例えば、現代においては、結婚し数年で離婚するのが一つの選択肢となったことの一因は、こういった自意識の過剰と他者への無理解に由来することが大きいと思う。思い返してみれば、私が抱えた職場や友人間のトラブルの原因はほとんどがこれである。

 

この作品は、自意識が過剰であり他者に冷淡な私達現代人のために書かれたものなのかもしれない。自らを殺めるケースが多い現代社会において、多くの人にこの本を読んで頂き、他人を理解すること、自分を理解することを考え、これからの人生の糧にしていただきたい。私自身もその一人である。

 

(20代男性)

 

 

 

 

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