読書感想文「横道世之介(吉田修一)」

この小説をすべてを読み終えた時、心に溜めていた涙が堰を切って溢れ出てきたことに自分でも驚いた。こういう小説は初めてだ。そしてその涙の成分が、そこそこ複雑な思いから出来上がっていることも以外だった。主人公の横道世之介が私と同じ世代の人間であるということ、そしてこの青年の大学時代、ちょうど世の中がバブル絶頂期と呼ばれた時代に、進学のため地方から上京してからの話がベースになっていることなど。

 

自分にとってなんとなくノスタルジーを感じる作品だから、自分の青春時代と重ね合わせて読み進めたから、涙が溢れてきたのではないかもしれない。なんとなく後味の悪さや心に重みがかかったようなものを感じる涙だった。この小説は世之介が大学進学のために長崎から上京する4月から始まってからの1年間の話だ。

 

 

のっけから世之介という人物像が浮かび上がってきて、私は最初、「あぁ、こういうタイプの人物のほのぼの青春ストーリーね」とイジワルな見方をしながら読み進めていった。たったひとりで見知らぬ東京に初めてやってきた19歳の青年が、新宿駅をふらふらしながら、キョロキョロしながら重い荷物を肩にかけて歩いているのだ。

 

ごく普通の青年ならば、もう少し緊張し、その風景に自分を合わせようとするだろうが、まったくそういう空気がない。そして広場のステージに立っているグラビアアイドルに足を止める余裕。個人的にはあまり好きではないタイプだ。おそらく自分とは正反対のタイプだろうと思いながら読み進める。

 

4月から始まり、5月、6月、7月と、月ごとに世之介の生活を垣間見てゆく。何もない、存在していなかったところから、人と出会い関係を築いて世之介という人間の存在が東京に植え付けられてゆく。不思議なことに、始めは苦手だと思っていたこの主人公にどんどん惹かれ、好きになってゆく自分がいた。そして読みすすめてゆくうちに気付く。

 

すでにこの小説の中では世之介は過去の人間になっていたのだということを。上京してからの1年間に彼の出逢った人物たちの今が、ふとした瞬間に世之介を思い出させる話が断片的に挿入されてくるのだ。11月の章で世之介の死因がわかるのだが、もうこの時には存在していない世之介と、まだ存在している学生時代の世之介が完全に自分の知る世之介であり、彼がまるでリアルに存在していた人物のような気持ちになったことが印象深い。

 

最後は、世之介が亡くなった3ヶ月後に彼の母親が交際相手だった女性に書いた手紙で締めくくられている。この手紙を読んだ後、私は泣いた。主人公が亡くなったことが悲しかったとか、切なかったとか、その種の涙ではなかった。彼が1年間の間に出逢った人物たちに、何かしらの見えないプレゼントを渡し、それを受け取った側は彼が死んだ今もふとした瞬間に思い出すのだ。

 

それは小説を読んでいた私と同じように主人公が心の中では生きているということだ。私が最後に複雑な涙を流したのは、そんな主人公と自分とをネガティブに比較してしまったからだと思う。

 

(40代女性)

 

 

 


 

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