読書感想文「ホロー荘の殺人(アガサ・クリスティー)」

クリスティーの作品、特にエルキュール・ポアロものは上流階級を舞台にしたものが多いのは、周知のことだろう。「ホロー荘の殺人」もその一つで、名門旧家一族に関わる人々が登場人物である。20世紀半ばを描いた本作は、大衆の隆盛著しく、上流社会が旧来のままいられなくなった背景が濃く漂っていると思う。

 

が、ホロー荘では、尚、主人夫妻に忠実な召使いたちに囲まれていた。女主人のルーシーは非常に魅力的で、年齢は中年から初老にかかると想像されるのだが、にもかかわらず無邪気でまるで妖精めいていて、かなりの傍若無人ぶりに周囲は振り回されるのに惹きつけられてしまうという人物である。

 

 

このような女性というのは、有名人、身の回り含めて私は似た人を知らない。年齢を重ねても美しく若々しい女性は、日本にも多くいる。が、どの女性にも生きてきた歴史が当然ながらあり、それをどこかしら感じさせる。それが普通なのだが、ルーシーはまるで人生の重みから自由であるようだ。上流社会で優雅に何不自由なく育ち暮らしていることが、そうあることを許しているのだろうが、読んでいてほとんど想像がつかない。

 

私の中では、最も印象に残る登場人物だった。本作は本格ミステリーであるが、男女間の葛藤を中心にした心理劇でもある。ホロー荘に集う人々の、誰かを求めてやまない心、冷たく接してくる相手にひたすら尽くす心、気持ちが冷め、相手に腹立たしさを感じる心。様々の心が入り混じり、絡み合う。

 

特に、ガーダは冷たい夫を盲目的な程愛し、崇拝すらする。ガーダは皆から、かなり発達が遅れているとみなされ、軽んじられている。夫だけが自分を救ってくれると思いこみ、夫からうとまれているにもかかわらず、心理的に夫にすがって離れない姿は、いらだたしくあり哀しみをたたえてもいる。

 

ガーダの夫ジョンは、腕が良く名医との評判が高いが、家庭内では常にいらついている男で、彫刻家のヘンリエッタと愛し合っている。他の登場人物の心理描写も詳細になされているが、読み進めて、ジョンの傲慢さや自分勝手さが腹立たしい。昔の大恋愛の相手が出現してからは特に、自分の感情を抑えることができず状況に翻弄され、この人物は一体どう落とし前をつけるつもりかと思ってしまうが、そうした葛藤のさなか、とうとう殺人事件が起きてしまう。

 

「ホロー荘の殺人」で殺人事件が起きるのは、話も半ばにさしかかる頃である。ポアロはこの時点に至ってようやく出番となる。実はクリスティーは、本作でポアロを使ったのは失敗だったと述懐したという。ポアロのファンとしては結構面白く楽しんで読めたのだが、クリスティーにとっては不本意な出来だったことを知り、なるほどと思った。

 

仮にポアロが登場しなかったとしたら、この物語はどうなっていたのだろうか。クリスティーがどのように話を展開したか、一読者にわかるはずもないが、もしポアロがいなかったなら…。私の妄想としては、女主人ルーシーが話をひっかきまわしながら、また夫のヘンリー卿を巻き込みながら解決へと向かわせたなら面白い気がする。

 

ジョージの昔の恋人ヴェロニカは、既に話をややこしく面白くしているが、なんらかの形でもっと女の対決があったかもしれない。今の「ホロー荘の殺人」も面白いと思うが、ポアロを登場させないお話を妄想しても楽しめるクリスティーはさすがである。

 

(50代女性)


 

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