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読書感想文「悪人(吉田修一)」

「悪人」の読書感想文①

読んだ後 暫く呆然としてしまった。祐一と光代の世界に浸りきってなかなか抜け出せなかった。著者の作品は日の当たる道を歩めない、もしくはいやおうなくアウトサイダーの道を歩まざるを得ない人間を描くものが多いが、そこが私の好きなところだ。悲惨な物語の果てに光を見せた時、大きなカタルシスを感じる。
 
母親に捨てられ 祖父母の元で育つも、自分の感情を閉じ込めたのは そうすることでしか自分を守れなかったのであろう。なんとも切ない。裏切られたヘルス嬢に偶然再会した時 恨み言ひとつ言わず逃げるように立ち去る、ここでも自分の凶暴性と向き合うのを恐れていたように思う。
 
祐一が女性とのつきあいが上手く行かなかったのも相手を愛するというよりも、母親に受け入れられなかった痛みがトラウマになり過剰に相手にのめり込み、それで自分の存在意義を見出そうとしていたのだろう。悪いが、女性にとっては鬱陶しいばかりの男である。佳乃に存在を否定され罵倒された時、祐一は初めて感情を爆発させる。
 
多分 彼にとって生まれて初めての怒りの発現だったのであろう。人生で抑圧してきた怒りを 一気に出したように思えた。それまで淡々と描かれていた祐一の鬱屈した感情は 読み手としても閉塞感と苛立ちを感じていたので、その場面ではある種カタルシスを感じた。同時に、極端から極端へ行ってしまう祐一に痛ましさも感じた。
 
光代との出逢いは互いに自然体で惹かれあう。ずっと探していたジグソーパズルのピースが見つかった時のような、他の人間では埋めあえないものを もっていたのであろう。光代は母性の象徴のような女性に思える。それまでのモノトーンの描写が、一転して色彩を帯び広がって行ったように感じた。二人の逃亡はいつか終わると分かっていても、分かっているからこそ読んでいて甘美だった。
 
ラストの光代の語りは色んな解釈が出来ると思う。私はやはり 光代を事件に巻き込みたくない祐一の嘘に、とことん寄り添った上での彼女の嘘である、そうあってほしいと思った。祐一の育った環境はあまりに切ない、だが逆説的に言えば 彼の悲惨な生い立ちがなければ光代との稀有な深い結びつきもなかであろうことを思うと、人生 何が幸、不幸をわけるのか、との思いに至る。
 
(30代女性)

「悪人」の読書感想文②

『悪人』は三人称の小説で、章毎に様々な登場人物の視点から一つの事件について描いている。殺人という罪を犯した男。そんな男と愛し合ったのは出会い系サイトで出会った女。このざっくりとした概要と、『悪人』というタイトルから内容を想像すると、非常に簡単な物語のように思われがちだ。人を殺した犯罪者が、出会い系サイトを利用して出会ったなんて、ろくでもない。
 
それに、そんな犯罪者を愛した女もどうかと思う……という一般的な見解。それもこの小説の中に含まれた『悪人』に対する一つの大事な視点だ。自分自身にあてはめて考えても、普段ニュースを見ていて、そこに表示された事件を強調させるテロップや、アナウンサーの読み上げる無機質な文面だけで感情を動かしていることがよくある。
 
いや、正確には感情を動かしているのではなく、感情が勝手に決められているのだと思う。例えばこの『悪人』内で取り上げられる、女の人が山奥で殺された、犯人の男は出会い系サイトで知り合った女と逃走している……そんな情報をニュースで受けた私は、自動的にこの男を『悪人』と認定して冷たい目線を投げかけることになる。それこそが前述した一般的見解そのものなのである。
 
しかしこの物語を読んだ後の私は、この男女の背景や事情を知ってしまう。そしてこの事件にはこの男女だけでなく、他にも数人が関わっていることも知った。殺した男には、マスコミに囲まれて心無い声を投げ続けられる母親がいる。対して、殺された女性にはその死を純粋に悲しむ両親がいる。
 
また殺された女性には殺した男に対して吐いた酷い言葉があり、殺した男と逃げる女との間には真剣に思える恋愛感情がある。読み終えた後には、私には誰が本当の『悪人』であるのかわからなくなっていた。『悪人』というタイトルは、読者の感情への問いかけである、と私は感じる。
 
物語の中には幾つもの物語があり、人には良い部分も悪い部分もある。それは当たり前のことなのに、人を殺したという犯罪が要素として加えられると、一気に悪が善を覆っていくような気がするのだ。そんな風に、読んだ人によって、読後感が異なるであろう味わい深い小説だ。
 
(20代女性)

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