読書感想文「星への旅(吉村昭)」

最近の日本は、浮かれている、と感じることがある。テレビは食べ物やおしゃべりの番組ばかり、流行の文化は驚くほど幼稚で能天気だ。ではそう浮かれていられるほど日本という国は上調子なのだろうか。国政はいい加減で景気も良くない、社会は貧しくなり子供の数も減っている。
 
目を向けて真剣に考えなければならないことは山ほどあるのに、なぜみんなこれほど能天気でいられるのだろう。それは能天気である、というより、現実逃避なのではないか。死や絶望から目をそむけて、享楽に身をゆだねる刹那的な幸せを国民全体が望んでいるのではないか。この短編集は、「死」についてかかれた小説ばかり収録されている。
 
主人公は例外なく、作中で濃厚に死と関わる。主人公が死ぬ場合も、その親族が死ぬ場合もある。死因も病気によるものだったり自殺であったり、様々である。特にそのうちの一篇、「少女架刑」について語ろう。死んだ人間の独白という珍しい視点の作品である。病気で亡くなった少女が、病院に運ばれ、解剖され、最後は骨となって納骨堂に入るまでを少女自身の目で描いている。
 

 
 
もちろん肉体は死んでいるのだから、少女は本来何も知覚できないはずで、だからこれは肉体から抜けた少女の魂が語る一人称小説である。小説でしか表現できないファンタジーである。好きだった少年のことや、自分に冷たかった母親のことなどを語る少女の言葉は、みずみずしいだけに、せつない。彼女にとって死は安息である。
 
貧しい家に生まれ、短い生涯を金を得るためにこきつかわれた少女は、死んでひとりぼっちになってやっと安らぎを得たと思ったが、それ以上の何かをにおわせる終わり方が良い。
 
人の苦しみは、死んで楽になるような安易なものではないのかもしれない。死があるからこそ、逆説的に生の素晴らしさを問えるのだ。ネガティブなものについて考えなくなった日本は、生きていること、平和であることの本当の素晴らしさを見失ってしまうのではないか。いや、もうそうなりつつあるような気がしてならない。
 
(20代女性)
 
 
 

星への旅
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