読書感想文「羆嵐(吉村昭)」

1915年(大正4年)12月9日 ~ 12月14日に実際に起こった獣害事件、開拓民7名が死亡、3名が重傷を負った「三毛別羆事件」を元に書かれた小説なのだが、多少の脚色はあるにしても登場人物の名前以外はほぼ事実を元にしており、それゆえに作中に流れる臨場感が凄い。
 
事件の時代背景や北海道の冬の厳しさに翻弄される開拓者達、事件だけでなくそれらの事も巧みに語られ、すんなりと物語に入っていける。しかし、事件は凄惨そのもので特に妊婦が羆に喰われながらも「腹、破らんで」と叫ぷエピソードは羆の残忍さを厭と言うほど思い知らされた。しかし、同時に人間の自然に対する考え方の甘さ、野性動物(羆)の生態に関しての無知さも知る事となる。
 
それがこの作品の主たるテーマで、作者は単に実際に在った事件を淡々と書き写して居たわけではないのだ。実際にこの事件と関わり、災いの根源である羆を仕留めた一人の熊撃ち・銀四郎が読み手から見ると実にヒロイックに描かれているが、羆を撃ち殺した後、犠牲者の通夜の酒の席で元の酒乱に豹変した彼の台詞こそが作者が伝えたかった事なのだろう。
 

 
 
「きさまらは、ずるい。ぺこぺこ頭を下げたりおべっかをつかったりするな。それで済ませようとするきさまらのずるさがいやだ。」そう、彼もまた羆の前では非力な人間なのだ。しかし銃の腕前と長年の知識と勘で辛うじて巨体の猛獣と渡り合っている。銀四郎は村の者に報酬として金銭を要求するが、彼が欲しかったものはそんなものでは無かった筈だ。
 
残忍な羆も実は“被害者”なのだ。自分の聖域を侵され、侵入者を排除し、食欲を満たしただけ。人間にとっては凄惨な事件も、羆にとっては冬眠をしそこない、少し変わった物を食しただけの単なる生活の一部なのだろう。自然は支配するものでは無い。人間はいつになったら自然と共存できるのだろう?それに気付いた時、解決策を見出だした時、果たして自然はこの地球上に残っているのだろうか?そんな事を考えさせられる。
 
(40代女性)
 
 
 
 

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