読書感想文「ポーツマスの旗(吉村昭)」

吉村昭の作品は好きでよく読む。中でもこの「ポーツマスの旗」は特に好きで何度も読んだ。中学や高校の歴史の授業では日露戦争は日本が勝ったと教わるのが一般的だが、この作品を読めば戦争に勝ったのではなく講和交渉によって得ることができたという事がよく判る。

 

司馬遼太郎にも日露戦争を扱った長編があり、明治という時代とそこに生きた人々の、ものの見方や方や考え方を描いているが、戦争というのは、ただ兵器を持って戦う事ばかりではなく国家の文化力が大きく影響するという事で考えた場合、吉村昭の作品の方が更に一段奥深い様に思う。

 

物語は、日露戦争講和の「ポーツマス条約」を調印した小村寿太郎を中心に描かれている。明治38年5月、日本海海戦に勝った日本は戦勝ムードに沸く。この機に和平をと動いたアメリカ大統領セオドアルーズベルトの尽力によって、日露両国の講和交渉団はアメリカ北東部ニューハンプシャー州ポーツマスに集まる事になる。

 

 

 

講和交渉に出発する小村は「今は万歳で送りだされるが、帰国する頃には罵声に代わっているだろう」と言うが、その通りになる。交渉は何度も暗礁に乗り上げ、難航の末にやっと得ることができた講和であるのに、多額の賠償金を期待していた多くの日本の国民に講和内容が伝わると不満を持った民衆が暴動を起こす。

 

人間とは何とも無知で勝手な生き物だろうか。広報や報道もその国の文化力であり文化度であり、そういう意味では、その当時の日本は文化度の低い国だったと言わざるを得ない。「国防は軍人の専有物にあらず。外交手段により戦争を避くることが国防の本義なりと信ず」と言ったのは第21代内閣総理大臣、元帥海軍大将の加藤友三郎である。

 

小村寿太郎も武器は持たずとも外交交渉によって国を守ったとも言えるのだが、当時の日本にはそういう考え方のできる人間は少数でしかいなかったのだろう。今でこそ情報が溢れてはいるが、それを読み解くリテラシーが低い、あるいは不足しているのではないかと省みてしまった。

 

また、日本の戦費調達のための外債募集にアメリカが冷ややかだったのは、アメリカの独立にロシア貴族が少なからず関与していた事など、独立から百年以上経っているのにも関わらず、意外なところに意外な影響が出る事を知るきっかけともなった。

 

(50代男性)

 

 

 

 

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