読書感想文「イン ザ・ミソスープ(村上龍)」

現代の歌舞伎町を舞台にした物語なのだが、おとぎ話のような、どこか遠い世界の話をしているような錯覚に陥った物語だった。話は歌舞伎町でいかがわしい仕事をしている日本人シンジと、知れば知るほど様子がおかしい外国人フランクが出会ってからの3日間を描いたものになる。
 
フランクは登場からおかしく、その後もことあることに普通ではない常軌を逸した行動をすることになるが、シンジはそのおかしい行動をとる外国人フランクと3日間ずっといることになる。目を引くのはフランクの異常性だが、読み終わって感じるのはシンジの異常性だ。
 
何故「読み終わって」とつけたかというと、物語を読んでいる時にはシンジの異常性には気付かなかった。それはシンジは日本人にとって、ごく平均的な行動しかとっていなかったからだ。最終的にはシンジはフランクの行動に、恐れを抱き、恐怖におののくことになるのだが、シンジはいつでも逃げ出せたのである。
 
ただ日本人特有の流されやすい性格の為、最後まで一緒に居続けることになる。もし私がシンジのの立場でも、シンジと同じ行動をとったこと思う。そして読み終わった時に、直接書かれていない日本人の異常性を考えさせられることになるだろう。特殊の異常性と、普遍な異常性が混ざり合って、いろいろ考えさせられることになった。
 
日本人はすべてを取り込むことで、自らの文化を守ってきた。正月には神社に行き、お盆には墓参りに行き、秋にはハロウィンパーティーをして、冬にはキリストの誕生を祝う。日本人にとっては何も感じない普通の事であるが、少し立ち止まって遠くから考えてみればこれは異常なことではないだろうか。
 
戦争に負けた日本が守り抜いた文化が天皇制度である。GHQが持ってきた憲法の草案に日本が唯一意見を言ったのはこの点であった。アメリカを全て取り込むことで日本人のアイデンティティを保ったのだ。それが異常だったのか、どうなのか。そんなことを思いふけってしまう一冊だった。
 
(30代男性)
 

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