「口笛の上手な白雪姫」の読書感想文
文芸雑誌に掲載された8つの短編が収められている。どの話もそれほど時間をかけず読めたが、読み終えると完璧にできたある一つの世界から帰ってきたと言う感覚に陥った。どの作品も日常の何気ない出来事を取り上げているけれど、主人公の視点は明らかにずれている。そのせいで日常に特別な世界が潜んでいるということが強く感じられた。
自分とは全く異なる感覚で生きている人間の視点が、ちょっぴり恐ろしくなるほどにきっちり描かれている。かれらの視点は本物で、生きているから、私は彼らの思い込みで作られた世界が怖くても目が離せず、結局最後までじっとその世界に浸ることになった。
読み終わって顔を上げ自分の世界に戻った時には、物語の中の主人公のヘンテコさとお別れしたさみしさがこみ上げてくるほど、私と彼らは違っていた。違っているのに、その世界は、小川洋子さん独特の繊細な言葉と狂いのないレース編みの模様のように、完全な形でそこにあった。これはこれで正しいのだきっと。
丸め込まれた私は彼らの暮らしている世界のムードをもう一度心の中で反芻した。収められている話の中でもっと心に残ったのは、「一つの歌を分け合う」だ。ある日、主人公の僕は、演劇のチケットをゆずりうけて、帝国劇場に足を運んだ。やがて、その日の演目「レ・ミゼラブル」が始まる。
しかし、始まって少し経つと、僕は以前にもこの劇場に来たことを思いだす。その時は叔母と一緒だった。僕の記憶の扉がゆっくりと開かれていく。主人公の青年の叔母には一人息子がいた。つまり、僕にとっていとこにあたる人だ。しかし、息子は、ある朝大学の寮のベッドの上で死体で見つかる。原因の分からない突然な死だった。
それいらい、きちんとしていた叔母が少しずつ壊れはじめた。死んだ息子が劇団の一因として、演劇に出ていると信じる叔母の揺るぎのない視点は、とても恐ろしい。そして、それと同時に悲しいと感じた。息子の死の悲しみに耐えられず歪んでしまった叔母の心が人の心の繊細さを浮かび上がらせるからだ。劇の終わりと共に、僕の回想は終わる。
息子の死後11年生きた叔母の生涯が読者の前に横たわる。演劇のタイトル、「レ・ミゼラブル」という言葉がぴったりと当てはまるのを感じた。
(30代女性)
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