読書感想文「ミーナの行進(小川洋子)」

ミーナは小学6年生の女の子である。彼女は喘息の発作に悩まされ入退院を繰り返す日々を送っていた。体は細く、2年生くらいにしか見えない。しかし髪の毛は栗色で色白、誰もがこうなりたいと願うほどの美少女であった。

 

この物語は、ミーナを取り巻く芦屋家の人々が優しく包みこんでいるような感じがした。誰一人として嫌な感じの人物が出てこない。読んでいてとても温かい気持ちになった。話の舞台が芦屋の古くからある洋館であり、時代が1972年だ。ミーナの従妹にあたる中学1年の主人公の朋子が1年間をこの洋館で過ごした物語である。

 

この年は私自身が生まれた年なので、この時代の雰囲気を感じ取ることが出来て興味深いものがあった。ミュンヘンオリンピックで日本の男子バレーが優勝したこと、今でも暗く続くアラブ、イスラエルの問題によるテロ事件。そのような時代を感じ取りながら、「ミーナの行進」を読んだ。この行進というのは、ミーナが飼っているカバのポチ子に乗り、学校へ登校することだ。カバに乗るだなんてファンタジーな世界か?と思ったが、排気ガスが苦手で車酔いをするミーナにとっては大切な存在であった。また心の友でもあった。

 

ミーナの父はドイツ人の血を引いている。背が高く髪は栗毛で柔らかくカールしている。朋子が初めて見たときのドキドキした様子が描かれてた。ドイツ人のローラおばあさん。ミーナのお母さん(朋子の叔母)、住み込みのお手伝いさんの米田さん。そしてポチ子のお世話係の小林さん。芦屋家の人々は、ミーナのことを大切にし、ミーナの発作を防ぐことが最優先事項であった。

 

 

ミーナは家族に愛されている。それは一見過保護に見えるが、実はそうではない。きちんとミーナが一人で考え、自分と向き合えるような空間、時間が存在している。それはミーナの発言やミーナが集めたマッチ箱に書き溜めたお話しからも伺える。体は弱いが、ミーナは凛としている。今の自分をしっかり受け止めて、前を見ている気がした。関西弁で「ふぅん、そうなぁん」とさらりと受け流す。

 

ミーナの父はあまり家に居ない。ミーナは知っていたのだろうか?ミーナ以外の家族は知っていた父の別の家族の存在。この事実は読んでいて悲しい気分にはなったが、だからといってそのことを責めない、家族にびっくりした。ののしりあいやケンカもない。でも悲しみがチラリと見える。朋子の「どうして叔父さんはそんな悲しい事をするの?」という心の叫びだけがある。

 

みんなミーナが大好きで大切なのだと思った。彼女が傷つかないようにしている。ミーナは無邪気にその優しさを受け止めている。本当はすべて知っていたのかもしれない。ミーナは今ある現実を受け止めている。死への恐怖も感じながら。他の人にはわからない生まれ持った強さを持ちながら・・・。

 

その後30年以上にわたる月日の中で、朋子とミーナが会った回数はほんの数える程しかなかった。しかし、その1年は二人にとってかけがえのない大切な日々であったようだ。弱々しかったミーナは外国で出版エージェント会社を設立した。芦屋の洋館は無くなり、年を取り、会えなくなってしまった人もいるが、朋子とミーナは繋がっているような気がした。思いでの中に鮮明に残り続けている。そして今も続いている共通の感覚。

 

従妹っていいなぁと思った。最近は親戚付き合いをあまりしなくなったが、家族でも兄弟でもない従妹とは、不思議な存在だなぁと感じた。従妹に十数年ぶりに会う機会があった。何とも言えない懐かしい感覚、不思議な感覚である。それは子供から大人へと変わる大事な時に、一緒に過ごせた日々があったからなのだろうか?私は子供の頃に仲良く遊んだ従妹に無性に会いたくなった。

 

 

(40代女性)

 

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