読書感想文「我が家のヒミツ(奥田英朗)」

6つの短編小説を読み終え、切なく優しく、ほわっとした温かいもので心が包まれたような幸せな気持ちになった。一つ目の「虫歯とピアニスト」では、主人公・敦美と憧れの人との偶然の出会い、その距離感に何とも言えない高揚感を主人公と一緒になって感じた。

 

かと思えば、敦美が抱える家庭へのやるせない気持ちに同調し、最後には夫の意外な言動に敦美と一緒に涙を浮かべてしまった。家族だからこそ、本人には言わない大切な気持ちがある温かさを感じた。「正雄の秋」では、今まで仕事一筋で生きてきた正雄がその「生きがい」から必要とされなくなっていく様子を、最初は見ていられなかった。

 

 

 

そんな序盤の時点で気持ちが入り込んでしまっていたことに今書きながら気が付き、作者の作る世界観に驚いているのだが。正雄が気持ちを切り替えられず、何かにつけて今までの自分と結び付けて考え落胆してしまう姿に、全然違う場面ではあるが自分自身懸命にやってきたスポーツチームでレギュラー落ちをした出来事をふと思い出してしまった。

 

ここで正雄の妻・美穂が同調しすぎるでもなく、放っときすぎるのでもなく絶妙なバランスで正雄に関わっていく。何十年もの結婚生活があってこそなせることなのであろう。私も夫が戦力外通告をされたとき、彼の力になれる自分でいたいと思った。「アンナの十二月」では途中まで非常に胸がモヤモヤして、アンナの無邪気さにイラついてしまうことさえあった。

 

本当の父親の存在を知り、彼が予想をはるかに超える才能を持った人物であったこと。アンナにとってはこれまでの親の愛情なんか見失うほどのキラキラしたシンデレラストーリーであったのだと思う。その気持ちの高ぶりは、読んでいて迂闊にも共感してしまうほどの爆発力があった。

 

しかし、読者でありもういい大人である私の頭の中では、母親と育ての父親の気持ちが終始離れず、すぐに我に返りアンナを盛り立てる友人たちに心の中でストップをかけることに徹していた。最後に友人たちがアンナを真剣に諭してくれたこと、本当にありがたかったし、途中で「あなたたちのせいでアンナが調子に乗るんだよ!やめて!」と心の中で叫んでいたことを謝りたくなった。

 

そしてアンナの家はもちろん友人たちの家庭のエピソードがかいまみえ、一層温かい気持ちになり、読み終えたときにほっと一息ついた作品であった。「手紙に乗せて」では、主人公・亨の父がまさに自分の父と重なってしまい、より気持ちが入ってしまった。妻を亡くすということがどういうことなのか、中学生の時に母を亡くした私にとっては想像もできないことであった。

 

母は母であり、妻ではなかったからである。「この歳になって伴侶を失うというのは、自分の人生の半分を失うのと一緒なんだよ。」亨の上司・石田部長の言葉である。この言葉が胸に響いてますます亨の父と自分の父の存在を被らせた。また亨が気づく、身内の死に配慮のない若者が悪気があるのではない、経験していないから知らないだけなのだ、ということも心にしっくりきた。

 

その通りだと思った。無邪気で無知なのも若者の特権である。しかし、だから思いやりのある大人になりたいとも思った。石田部長は素敵な大人だ。「妊婦と隣人」この作品では産休に入り突然時間ができた主人公・葉子が、隣に引っ越してきた夫婦の生活感のなさを怪しみ、次第にその詮索に夢中になっていくストーリーである。最初はただの妊婦の日常の心の動きを連ねていく平和な物語だと気軽に読み進めていた。

 

しかし、次第に葉子の詮索が本格化するにつれ、私も「え?この隣人何者?」「一体どういうこと?」とミステリーものを読んでいるような感覚に陥っていった。温かく切ない短編集の中に、少しスパイスが入ったような面白い作品だった。「妻と選挙」物語はかつて受賞歴のある小説家・康夫に、その妻・里美が「市議会議員選挙に立候補する」と言い出すところから始まる。

 

康夫と同様、私も普通の主婦がいきなり選挙なんて甘いのではないか、と批判的な気持ちで読み進めていった。しかしそこからの展開と康夫の気持ちの変化に、いつのまにかまるで家族の一員か支援者にでもなったかのように応援している自分がいた。最後に当確の知らせが目に入った時には、康夫同様鼻につんと来るものを感じてしまった。

 

そして選挙うんぬんでなく、こんな家族っていいな、と純粋に憧れた。6つの物語全てに、人間の複雑な感情と深い愛情、優しい気持ちを感じて一気に読み終えてしまった。不思議とその立場を経験したことがなくとも、なんの違和感もなく登場人物の気持ちに寄り添うことのできる作品だった。

 

(30代女性)

 

 

 

 

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奥田 英朗
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