読書感想文「かわいそうだね?(綿矢りさ)」

他人から「かわいそう」と言われたくなくて、自分のことを話すのを怖れることがある。例えば母親がいないこと、貧乏なこと。そんなことを知ると「かわいそうに」と反射的に言ってくる人がいる。その言葉に悪意はないのかもしれないけれど、その言葉に、確かにわたしは傷つけられる。そうか、わたしはかわいそうなんだ、と。
 
この本では恋人の樹理恵がいるにもかかわらず、昔の彼女のアキヨを自分の家に居候させると言う彼氏の隆大との三角関係がリアルに描かれている。彼氏の隆大の主張は一貫して「だってかわいそうだろ?」というもので、それに対して樹理恵がどんなに正論を言おうとも聞き入れない。
 
結局理解したふりをして、アキヨの居候を受け入れる樹理恵にわたしは困惑した。居候をしている間に彼が裏切らない保証なんてないし、裏切られたら傷つくのは自分だけだ。わたしだったらこんなことを言われたらさっさと別れてしまうだろうなと思っていた。
 
でも読み進めていくうち、樹理恵がどんな女性なのか分かると別れない理由もなんとなく感じてくる。樹理恵は百貨店に勤めていて、嫌なことがあっても営業スマイルは絶やさず、自分のアクセサリーは自分で買う、自立した女性だ。だから彼のことを精一杯理解してあげようとする、彼が言うように、かわいそうだからアキヨを助けてあげたいと思う。
 
それは本心のようであって、樹理恵は無理をし、我慢をしている。自分のプライドがあり、彼の言うことを理解できないちっぽけな自分になりたくないから、別れないという選択をするのだ。わたしもそうするのかもしれないな、と感じた。

 
 
 
広い心を持っているという自分を演出したいからそういうことを言ってしまうし、そうだと思い込もうともする。時間がたつにつれ、樹理恵が耐えきれなくなり爆発するさまは悲しくもあり、痛快でもあった。かわいそうな自分を受け入れて、樹理恵を無視して彼の家に居候するアキコは、樹理恵にとって最初からかわいそうではない。
 
「困っている人はいても、かわいそうな人なんて一人もいない」という言葉に、なぜわたしが「かわいそう」という言葉に傷つけられていたかわかることができた。慈愛という仮面をかぶったこの言葉は、他人と自分とを比べて憐れむから出てくる言葉で、わたしは知らないうちに惨めにさせられていたのだ。
 
今度もし「かわいそうだね」と言われたら、この本を思い出そう。そうしたらきっとその言葉が前よりも気にならなくなっているはずだから。
 
 
(20代女性)
 
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