読書感想文「火花(又吉直樹)」

「人間生きてるだけでみんなお笑い芸人やねん」この言葉にとても私は感銘をうけた。私は、それまでお笑い芸人を目指す人は自分がそれなりに面白いと自覚して自信があるからなるのであって、他の人からすればお笑いとは切り離して生活しているものだと思っていたのだ。

 

しかし、この本を読んで「自分がお笑い芸人だということを忘れて、八百屋をやっている」というような内容があり、身近に考えてみるととてもそれはおもしろいことだと思った。実際にスーパーなどに行ったときに、レジの人がお笑い芸人でそのことを忘れていると想像してみると、真面目に商品をレジ打ちしている姿がとても面白く感じた。

 

それはどんなことにも置き換えられ、この本を読んでから外に出かけるときに会う人みんなをお笑い芸人としてみるとなぜかとても面白く、世界が変わったように楽しくなったのだ。その理由としては、きっとみんなが本当はお笑い芸人なのに、違う職業を真面目にやっていることがおもしろいのだとわかった。考え方で世界が変わるというのはこういうことだと初めて知った。

 

また、私自身もお笑い芸人なのだと思うと誰に対して笑いを提供しているのか、明日は誰を笑わそうかなど、自分の言葉で人を笑顔にできる魔法を持っているみたいで普通の生活が毎日楽しみでわくわくに変わったのだ。本に影響を受けるというのはこういうことを言うのだと改めて知った。

 

自分自身が人を笑顔にさせる魔法を持っていると思うと、自分がなぜか特別な人間になったようで人と会うことが楽しみになった。初対面の人になんて話そうか、今日会う友達にどんなおもしろいことを話そうか、家族に今日の出来事をどんなふうに話そうか、など考え方がとてもプラスになったと思う。

 

それを私だけでなく、みんながお笑い芸人だというステータスを持って生活すれば、もっと生き方が変わるのではないのかと思ったので、みんなに少しでも伝えていければと思った。

 

(20代女性)


 

 

 

 

物語の始めに主人公である徳永とその先輩芸人の神谷の会話のやりとりの中で神谷がこんな事を語る。「一つだけの基準を持って何かを図ろうとすると眼がくらんでまうねん。・・・批評をやり始めたら漫才師としての能力は絶対におちる。」と、この会話では物事に対して新しい方法論が出現した時にはそれと同時に同じ事を実践する人間が複数現れて、さらには発展改良する者も現れ始める。するとそれを流行と断定する者が現れ新しい方法論が邪道とみなされたりするのだ。

 

そして新しい方法を否定するのは往々にしてどの世界でも大人達である、だからこそ古い人間が多数いる業界は衰退する。という事も語られている。今現在、私が立たされている状況に非常に似ていて、自分の事のように読みふけってしまった。思い返すと会社での私の位置づけは年齢、経験年数を考えても中堅どころと言われる立場になってきたことで新規事業やイベントを提案企画することも増てきており、その提案が数年前と比較して幾分通りやすくなってきている。

 

しかし良い事ばかりではなく不満も多い。というのも、これは斬新で絶対に競合他社との差別化が出来、業績が上がると意気揚々と自信を持って上司に相談すると意外な答えが返ってくることもしばしばどころか多々あるからだ。こういった類の話はよくある会社での日常の風景だが先ほどの神谷のセリフがいつも心に戻ってくる。「批評をやり始めたら能力は落ちる」この言葉を上司に投げつけてみたい。

 

つまり「やってみなければ成果はわからない」まだこの提案は花でいうところの「蕾」であって今後の成長も見ずにして摘んでしまうのか?ということだ。こんな事を思いながら日々を過ごしているのだが、ある日、心臓を撃ち抜かれるような体験をしたのだ。それはやはり新しいプロジェクトに関する会議を後輩としていた時だった。

 

「先輩、こんなことをやってみても面白いかもしれませんね?」という後輩の提案に対し、「確かに面白いけどもうすこし会社のイメージに合った案はないかな?」という風に否定してしまったのだ。えてして人間とは歳を重ねるごとに慎重になりリスクを嫌い安全策に走ってしまうきらいがあるのではと言い訳が頭をよぎった自分に対し、神谷の言う「古い大人」のカテゴリーに私自身が足を踏み入れていることに気付かされ、ただただ恥じるのだった。

 

(30代男性)


 

 

 

火花は、若手の芸人である徳永と、その芸人が師匠と称する男神谷との、ふたりの人物が究極の笑いを追求する物語だ。冒頭から神谷が観客をほとんど罵倒するような形で、漫才を進める姿が印象的で、またそれが、徳永の心に突き刺さる。読者としての立場で見ているからこそ、笑える場面ではあるが、もし実際目の前でそんな漫才が繰り広げられたら、どんな気持ちになるだろう、と想像すると、恐ろしくもある。

 

火花は、そういった、笑いと恐怖を表裏一体とした物語のように見える。それは、神谷の私生活からも見て取れた。神谷は日々、ギリギリの生活をしており、女のところに転がり込んで、ほとんどヒモのような状態だった。それだけには飽き足らず、各方面では借金をし、それでも弟子である徳永にはいい格好をしたいがために、食事を奢ってしまう。

 

そんな、芸人の奔放な生き方は、よくテレビの前で語られることも多い。しかし、それを語るのは多くが成功者で、過去を懐かしむように語っていることがほとんどだ。先の見えない貧乏生活……もとい、借金生活は、芸の肥やしになるどころか、どんどん神谷の精神を蝕んでいき、それを直に感じ取る徳永も徐々に芸人という生き方に疑問を持ち始める。

 

しかしそんな中でも、日常に笑いを求めることを、神谷は忘れない。切迫した状況の中でも、自分がどう振る舞えば面白いのかと考える神谷の姿は、健気で、面白いというよりも、胸が苦しくなってくるほどだった。そんな神谷だが、最終的には取り返しのつかない行動をとってしまう。それが、豊胸手術だ。

 

アンバランスな体型となることで、笑いが取れるのではないか、という完全にズレた見解に、さすがの徳永も異議を唱えてしまう。最初のズレは本当に笑いを誘うに至るものだったのかもしれない。しかし、笑いというプレッシャーにより、ノイローゼのような状態に陥った神谷は、本来の笑いを見失ってしまう。切なくも現代社会の闇を表しているような、物語だった。

 

(20代女性)

 

 

 

火花

火花

posted with amazlet at 18.08.19
又吉 直樹
文藝春秋
売り上げランキング: 7,038

 

 

ブログをメールで購読

メールアドレスを記入して購読すれば、更新をメールで受信できます。

 

又吉直樹作品の読書感想文はこちら

コメントを残す

シェアする