「雨・赤毛: モーム短篇集(I)」の読書感想文
他のモーム作品と違って中野好夫さんの翻訳で読んだがほとんど気にならない訳で割りと好きなタイプ。もう古典に位置づけられても良いくらい古い日本語になるはずだけれど言い回しが気になるくらいであとは全く問題なかった。モーム独自の鬱々とした雰囲気や不気味なストーリー展開とオチが効いていてさすが名作中の名作と思う。
私はどの宗教にも馴染みがなく信仰する生活や宗教職に就く人間とそうでない人間との関係性には疎いがここではキリスト宣教師がこれでもかというほどサイコに描かれていて読んでいて思わず苦笑した。
自分たちの宗教がナンバーワンかつオンリーワンでありそれを持たない人々のレベルが低いという認識、価値観や生活観、人生観が間違っているものだという非難や否定、あくまで自分たちがそういった人々の人生を変えてあげられるんだという慢心、宣教師夫婦がどこまでも地をいく選民意識により生きている人間たちだという設定が良い。
やはり本人たちにも正義があり悪気は全くないという点がモームなりの皮肉なのだろう。医師は社会階級こそ上に属していながらも宣教師夫妻と表向きは付き合いつつも本心では娼婦を助けてやろうとしていたり、宣教師夫妻と近づきになれて喜んだ妻を見下しつつも機嫌を損ねる発言を控えたりとあっちへふらふらこっちへふらふらといった印象は拭えないがモーム主人公にはぴったりという人物に感じた。
娼婦の浅はかさや下劣さに眉をひそめながらも権力者にいたずらに困窮させられる状況には同情を禁じえないという間隔は一番人間らしくもあり、矛盾や非合理性をはらんだ言わば最もまとも、普通の人間としての視点を提供している。誰に感情移入できるかと問われずともやはり医師に一番感情移入した。
ラストで娼婦がこれでもかと悪態をついて事の真相が想像されるというオチが効いていてやられたと思った。医師と同じくわかってしまったからだ。どんな理性も知性も論理も動物としての欲を前にすれば人はこうなってしまうのか。読後も心に痛みが残る。
(20代女性)
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