読書感想文「日の名残り(カズオ・イシグロ)」

ノーベル賞作家カズオイシグロの代表作のひとつ。執事がつかの間の休日をもらい自動車旅行の過程で過去の日々の記憶を紡ぎだしていく…。昔の同僚に会いに行く旅という行動と、記憶を遡行させていくという行為がパラレルになって、さらに旅情と過去への哀愁がシンクロし読み手に深い感慨を与える名作。
 
末尾にも書かれているように「失われつつある英国」を描くのがひとつのテーマではあるだろう。その意味で、英国のジェントルな気風を体現している執事という職業を主人公として選択したのは正しく、そしてその職業柄、丁寧に淡々と過去を語る姿もまたその伝統の語り部として相応しいと思う。
 

 
 
彼の語る戦時中、戦後まもなくの華麗な会議、歴史の主役たちとの交遊録は、まさに英国のパワーが世界でも有力だった頃を懐古させる。ただ、この本のテーマはただ単に戦後の時代位置から、失われた過去を嘆くということだけではない。一つは、普遍的な意味で変わる時代の中で、過去の価値観を乗り越えていくのかということがある。
 
主人公の父親もまた執事であり、尊敬の念もありつつ、ただ息子からすれば旧世代の執事として語られていく。一方で、現在の執事たちには批判的な目を向け、品格がないことを嘆いてもいる。
 
執事という職業自体、そして英国での執事という存在が以前のようではなくなっていく中で(彼自身も新しい主人はアメリカ人)過去をただ懐かしむだけの彼は、ある意味では滑稽である。ただ、それはどの時代のどの人間にも共通することなのかもしれない。ますます価値観が変わっていく中で、他人事ではないと感じた。
 
そして、もう一つは一人の人間として過去をどう受け入れるか。執事はプロとして自身の職業に徹し、恋愛感情などは全て抑圧して、ただただ主人に仕えることに努めてきたが、昔の同僚が幸せそうにしているのを見て、果たして無私の人生は正しかったのだろうかと自問自答をする。
 
しかし、思うにどんな過去でも自分を肯定することしか、今を生きようとする私たちにはできないのだろう。ラストシーンではそんなことを考えさせられた。
 
(40代男性)
 
 
 
 

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