読書感想文「わたしを離さないで(カズオ・イシグロ)」

著者である、カズオ・イシグロ氏がノーベル文学賞を受賞された事、また数年前に映画化されたときに観たかったけれどタイミングを逃し、観れないままでいた事を思い出して興味を持ち購入し読んだ。もともと小説は好きな方だが、SFモノやラノベは苦手だ。

 

「わたしを離さないで」は現代の日常風な描かれ方だが、内容は少しSFのような雰囲気もあり、慣れるまでは読み進めにくいと感じた。「提供者」である登場人物たちが理不尽すぎるさだめを、ごく当たり前のように受け入れている違和感。普通の少年、少女のようなやり取りばかりなので、この先に残酷な運命を背負っていることを自覚している事をにわかには信じられない。カルト宗教のマインドコントロールを連想させられた。

 

誰かが決めた、知らないルールを自然に受け入れる事の不自然さ。思春期になると「提供者」である少年、少女たちも思い悩んだり葛藤したり未来に対する希望をもったりする。クローン人間であろうとそこは普通の人間と何ら変わりない。適わない希望に挫折するところも普通の人間と全く同じである。その先にある未来が臓器提供者として死ぬことである、というところだけが普通の人間と違う事だ。

 

そのことが明らかになっていくほどに「こんな事は正しくない」という気持ちで心がとても苦しくなるが、では正しいとは何だろう?ペットを愛玩動物として飼う事、保護という名目で犬や猫を捕まえる事、駆除という名目で生き物を大量に殺戮する事や動物実験。全てが割り切れる事ではないし、人間が快適に生活していく上では仕方ないといつの間にか受け入れてしまっている何もかもに改めて疑問を感じさせられ、苦悩させられた。

 

動物や虫なら人間の都合で殺しても良くて、人間の形をしたクローン人間には罪悪感を覚えてしまうのはなぜか?考える事を怠り、善悪考える事もしないで、ただ受け入れる事だけをしてしまっている自分に気付かざる負えない。人間とは何か?命や尊厳とは何か?もういちど深く考える必要がある。

 

(30代女性)


 

 

 

 

ノーベル文学賞受賞者のカズオ・イシグロ氏の作品。映画『日の名残り』は観ていたが、原作者など気にしたこともなく、今回のノーベル文学賞で初めて彼が原作者だったことを知った。というわけで、『では読んでみようかな』と本屋で、何冊も並べられている中から何となく手にした一冊であった。

 

故に何の予備知識もなく読み始めた。介護人の主人公キャシー・Hの語りである。介護人? 提供者?? 何だか分かったようで分からない状況の中で彼女の子供時代へールシャムでの思い出話を詳細にわたって聞かされていく。『このへールシャムでの、特に変哲のないような思い出が何だと言うのだろう?』とイライラしながら読み進めていった。そして段々と全貌が明らかになっていく。

 

『彼ら』は臓器移植のためのクローン人間たちだったのだ。『彼ら』に魂はあるのか? しかしこのテーマはずっと昔から既に語られている。映画『ブレードランナー』は自我を持ったレプリカントが自身の存在意味を探す物語であったし、日本の少女漫画、清水玲子の『エレナとジャック』シリーズも不死で自我を持ったロボットの話であった。だから種明かしをしてしまえば、そんなに新鮮さは感じられなかった。

 

本自体は、最初から最後まで抑えられた静かな文章で、私は日本語翻訳で読んでいるだけだが、翻訳者はイシグロ氏が日本語で書いたように翻訳することを心掛けたとのことだから、この巨大な悲劇であるのにもかかわらずずっと冷静でいるのはイシグロ氏の元の文章がそうなのであろう。

 

キャシー・Hが大きな声で『不条理』を叫んだりせず、また人間側も彼女のみを特別扱いすることもなく淡々と冷徹であるだけに読み終わった後にズシンとお腹に来た。これが最後お涙頂戴の似非人道主義が入り込んでいたら台無しになるところであった。さて読書後、『もう一度読みたい』とは思わなかったが、そこから芋づる式にいろいろ考えた。嫌でもそうなる。

 

つまり例えば山中教授のiPS細胞である。この細胞はwikiによると『体中のほぼすべての細胞に分化する能力と、ほぼ無限に増殖する能力を獲得した多能性幹細胞』とのことだが、これがあればもうクローンの悲劇は起こらない。他人の臓器を当てにする必要はなくなり、自給自足、自分ひとりで完結することができるわけで、何という朗報、『クローン人間が生まれなくて良かった』と胸を撫でおろした。

 

自分が良心の呵責に悩まされながらクローンを使わざるを得ない立場になるのは嫌だから。でも同時に『そこまでして生きたいのか?』とも思う。『そこまでして生かされていたいのか?』と。現代は健康オタクが溢れており、自分もそのひとりなのではあるが、死ぬことが良くも悪くも以前より難しくなった今、『自分はそこまでして生きて何かしたいことがあるのだろうか?

 

さっさと死んで次に譲るというのも大切なことではないか?』と。「一粒の麦もし地に落ちて死なずば、ただ一つにてあらん、死なば多くの実を結ぶべし」と言う。ぽっくりと死ねず、自分で死を選び取らなければならなくなるような未来、それも近未来は決して幸せな世界とも思えない気がするのだが。

 

(50代女性)


 

 

 

まず全体を通して思ったことは「いい意味で裏切られた。最後の終わり方も穏やかで、初めて見るタイプだった。」これまでの人造人間を題材とした作品とは雰囲気が全然違っているのも驚きである。なにが違うのかというと「葛藤する描写はあるけど、何に対して葛藤しているのかが違う」ということである。これまでの作品はまず「なぜじぶんは生まれてきたのか。」というじぶんの存在意義をとなえる。

 

そして「ふつうに生まれてきた人間」と「人工的に造られて生まれたじぶん」という同じ人間だけど同じ人間ではない壁に苦しむ。「じぶんは人間だけど人間じゃない。じゃあじぶんはいったい何者なのだ?」という葛藤が長く続く。そしていろいろな葛藤や逆境を乗り越えてじぶんが納得する答えを見つけて生きていくという流れがわたしがこれまで見てきた人造人間を描いた作品だ。

 

けれどもこの「わたしを離さないで」という作品はこの「じぶんの存在意義を考える」という描写があっさりしているのである。そしてその後の展開もさくさくと進んでいくので、読む方の「人造人間ものの作品は大体こういう流れだよな。」という前提をひっくり返し、なおかつ終わり方が今まで見てきた人造人間ものの作品の中で穏やかな終わり方をするので2度驚くのである。

 

この作品のなかでいちばん好きなのが、逃れられない宿命を持った人造人間たちの生きざまがふつうの人間と同じというところである。彼ら、彼女らは生きられる時間がふつうの人間より短いが、ふつうに生きている人間たちより何倍も濃い時間を過しているので実質同じくらいの過しているのである。

 

勉強、恋、仕事、将来のこと、夢、友情などこの世に生まれた理由は異なるが、考えていること、感じていることはどれもまったく同じことである。「限りあるいのちの中をどう過ごすのか。」ということをこの作品からは感じられる。人造人間が将来のことを葛藤する描写より、人造人間を教育する人間の葛藤の方が深いのもこの作品の魅力だ。

 

(30代女性)


 

 

 

自らの臓器を提供するためだけに育てられた人々。20歳を過ぎたら、臓器を提供して弱った人を看護する、看護師としての過酷な任務を全うしなければならない。近いうちに必ず自分にも訪れる、死を目の当たりにしながら。そして彼らは、臓器を提供するたびに弱っていき、最後には力果てるのだ。30歳までには必ず訪れる死。

 

この本は、そんな決められた運命にも関わらず、情報が遮断され囲まれた施設の中で、自分の運命を知らずに育つ若者たちの話だ。 「将来の夢は何か」施設内でその授業が行われたとき、二人の教師の意見が真っ二つに分かれ対立することになる。将来、好きな職業にはつけない若者に対して、下手に騙して夢を持たせることが良いことなのか。

 

それとも、最初から現実を教えて希望を持たせないほうが幸せなのか。 わたしは、この話は現代の若者にそっくりと当てはまるのではないかと、胸を痛めた。「生まれた環境で、その子の将来は決まっている」誰もが口には出さないものの、現実としてそれが真実でもある。

 

「将来何になりたいか」「将来の夢は何か」学校の授業でさかんに聞かされながら育つ子供たち。ほんの一部の成功者の例を出されて、「あなたも夢を叶えることができる」と思い込まされる。そして20歳を過ぎた頃、突然、現実の中に突き落とされるのだ。多くの若者が、介護職や建設現場で体を酷使して働かなければならない。

 

それが彼らの夢ではなかったとしても。この物語と同じように。 しかし、最後にこうまとめている。「たとえ最初から夢や希望のない人生でも、それを知らずに希望を持って過ごす時間が大切」だと。その大切な時間によって作られる思い出が、その人にとってかけがえのない人生の財産となる。

 

わたしはこのことに、とても共感する。一度きりの人生、死んだらそれで終わりの人生、どうせ夢、幻の人生なら、せめて希望を持って過ごしたほうが毎日を幸せに過ごすことができる。決して、何かを成し遂げて成功するとか、99%の中で上位に立ちたいとか、そういったことではない。

 

希望を持って過ごした、かけがえのない思い出を持って人生を終えたい。わたしにもわかっている、現実は決して小さい頃に思い描いたような優しい社会ではない、と。それでも、誰になんと言われようと、やれ中二病だと言われたとしても、わたしはいつだって希望を忘れずに過ごしていきたい。

 

そして、わたしの子供たちにもそうやって生きてほしい、そう願っている。 「希望」は無料だ。そして、誰にでも手に入れる権利がある。わたしは、たとえ自分の運命が決まっていたとしても、それにだまされ続ける人でありたい。

 

(30代女性)

 

 

 

 

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