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読書感想文「鳩の栖(長野まゆみ)」

「鳩の栖」の読書感想文

他界した父の再婚相手と暮らす寧(やすし)が、実母の生家で育った兄と再会し、実母への思慮を募らせる「夏緑陰」。母方の叔母の元へ養子に出された次兄と末弟の関係を描いた「栗樹―カスタネア―」。姉亡き後、その夫と共に生活する少年とその親友の青春物語を綴った「紺碧」と「紺一点」。
 
大切な人の病や死に対し、葛藤や焦燥、悲しみを抱えながら生きる人。その死を経て、血の繋がりや、長い空白の時間を乗り越え、共に生きようとする人。この短編集には、そんな大人たちの姿を見つめ成長する少年たちの姿が、美しい四季の情景と共に描かれている。表題作「鳩の栖(すみか)」は、父の仕事で各地を転々としてきた転校生の操(みさお)が主人公だ。
 
新たな環境で孤独と不安を感じていた操だが、級友・至剛(みちたか)の心遣いに助けられる。初めて情けない思いをせずに学校生活を送った操は、3学期の始業式当日、至剛の親友である優(ゆたか)から、至剛が持病で静養していることを告げられる。級友と共に見舞いに訪れた和室には、至剛の兄が厄除けに買い求めた鳩の掛け軸が飾られていた。優と操が、庭の水琴窟を奏でると、至剛は操の腕前を褒めた。 
 
「安堂君が一番うまいよ。」優と操の2人で見舞いに訪れる度、至剛は操に「水琴窟を鳴らして欲しい」とせがむ。優に気兼ねしていた操は、小雨の降りしきる午後、初めて1人で至剛を見舞う。そこでようやく操は、至剛が病床に臥した故の不安や憂鬱を抱えていたことを知る。
 
「きみにも、叫びたくなることがあるの、」「・・・・・・あるよ。この頃は特に。」自分を支えてくれた級友の刹那を前に、他になす術もなく至剛の肩を引き寄せる操。転校を繰り返す生活で、級友たちと容易に馴染めずにいた操の抱く孤独や劣等感。一見聡明で朗らかな至剛の、級友や家族には見せない弱さ。私はどちらの感情にも身に覚えがあり、2人の少年たちの、濃密な心の交流を興味深く味わうことができた。
 
知り合って間もない2人は、まだお互いのことを深く知っているわけではない。それでも2人は、限られた時間の中で、何者にも代えがたい存在として、互いの心の中にいる。至剛は、さりげない心遣いで操の孤独を癒し、操は病床の至剛に、安らぎを与えた。至剛亡き後、操が1年近く、彼の家に足を運べなかったエピソードが、それを現していると思う。優を伴い、久方ぶりに至剛の家を訪れた操は、和室の庭へ出て水琴窟を奏でる。
 
知らず知らずの内に、至剛の反応を待ち振り返った先には、掛け軸の中で羽を休める鳩がいた。その鳩の存在は、いつまでも操の心に残るに違いない。死はどんな人間にも等しく訪れるが、多感な少年の目を通して見た「生のはかなさ」に触れた時、私たちはより深く「命の大切さ」を感じることが出来るのではないだろうか。
 
近年ますます閉塞感を加速させる日本社会では、私もつい目先の経済ばかり追いかけ、人間らしく生きる時間が減っているように感じる。そんな時はこの本を読み返し、ゆっくり自分の「生」と向き合いたいと思う。
 
(20代女性)

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