読書感想文「テレヴィジョン・シティ(長野まゆみ)」

もう20年も前に書かれたものであるが、その衝撃的なラストが今でも記憶の片隅から顔を出す時がある。「捨て去る事に限界はあるのか?」というテーマが、予想だにしなかった形で私の心に突き刺さった事を鮮明に覚えている。
 
捨てたいもの。捨てなければいけないもの。本来それは人それぞれなのだろうが、この物語の世界では違う。強制的に、何の前触れもなく排除が行われてしまう。そんな理不尽さの中にある、現実とはかけ離れた少年たちの生活……。自分の現実的な思考回路を一旦止めないと、理解できない内容だと最初は思った。
 
しかし読み進めるうちに、この長編は淡々と彼らの足取りを追っていれば、すんなりと彼らの住む「ビルディング」の中に入れるのだと気付いた。まるで行ったことのある場所のように、簡単に景色を想像することができるのだ。

 
 
規則でがんじがらめの生活とは裏腹に、世界は眩しさで白くぼやけてハッキリしない。私はこの物語を色で表すなら、間違いなく白だと思う。白い世界をキャンバスに、登場人物が彼らの特徴である色でちりばめてある、という印象だ。最初はただただその突拍子もない世界観に圧倒され、感心していたが、ある時を境に心に不安が芽生える。いや、その不安は最初から抱いていたものなのかも知れない。
 
いつの間にか主人公アナナスと心を共有し、私の心の中にも不満や不安、猜疑心……ネガティブな感情がひしめき合っていた。私が一番嫌いなことは、友人を疑うことだ。心の支えにしていた友人が、本当は味方でないのかも知れないと疑うこと。残酷なことに、不安に苛まれている主人公に、更に友人を疑わざるを得ない事態が起こる。本当は信じたいのに信じられない辛さに共感しすぎて胸が痛くなった。
 
自分だけ何も知らされていないことを知ったときの疎外感と孤独ほどやりきれないものはない。主人公の孤独が至る所に感じられて、私まで逃げ出したくなったほどだ。
 
そして自分は「閉じ込められている」かも知れない、このビルには「出口がない」のかも知れない、という恐怖。何も知らない自分は何者なのか。出口だと思っていた場所に出口がないことを確かめることほど怖いことはないと思った。それなら出口はどこにあるのか。主人公にとっても私にとっても、それを知ることが、全てを知ることだった。
 
元々、極限まで無駄を省いた世界で生活している彼らに、これ以上捨てるものはない。それに気付いた時、ようやく彼らの世界で起こっている事態が理解できた。一瞬、頭の中が真っ白になる感覚。そうだったのか……しかし、なぜ。
 
この物語について考える時いつも思うのは、自分以外の読者と一度語り合ってみたい、ということである。そして尋ねたい。あなたなら最後にどちらを捨てる?と。
 
 
(40代女性)
 
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