この作品は、以前に芥川賞にノミネートされた作品で、二編の中編である。どちらもマゾヒストの男性が主人公だ。彼らはSMクラブで女王様に虐げられる真正の「ドM」で、完璧な変態野郎達なのである。床と一体にならんばかりの土下座や、夜中の公園等に裸で放りだされる時の情景描写や心理描写が、妙に生々しくてリアルだ。
私はSMに縁がないので、こんな世界が本当にあるのかと、知らない世界を覗き見したような気分になった。高い金を払って、あえて辱めを受け、公然わいせつで捕まる緊張感の中に身を置き、痛みに耐える苦行を快感だと思う行為は、私から見るととても不可解であるが、高給取りの証券マンやニュースキャスターの彼らにとっては、「敢えて理不尽や危険をおかしスリルを味わう高尚な遊び」なのだと思う。
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「 SMを通じて自分はなにを学んだか。(中略)ただの習慣を本能や正常行為だと勘違いし豚のように安定を求める世間の人々が幸せだと思っていることや、身体が直接的に快楽だと思うことを疑わなければならない」愚かに見える主人公たちは、それでも真剣に辱めに耐え抜いており、その姿はまるで修行僧のようにも見える。
また、通常の肉体的快楽を否定する思考は、すべてを疑ってかかった哲学者デカルトのようでもある。対価を支払って恥辱に耐えると言う理不尽そのものような行為が、彼らの仕事や、理不尽な社会そのものを耐え抜いてやるという、サバイバル状態にいるような無意識下の強いエネルギーを作り出しているのではないか?
この作品はただのマゾヒズム文学ではなく、マゾ的な行為を通して、力強く社会と結びついていると言う自己認識がテーマなのだと思う。同じマゾヒズム文学では谷崎潤一郎が有名だが、彼が描く作品は、相手の美しい女性との「精神的、身体的関わり」が美しく描かれている作品である。
羽田圭介の作品は、相手の女性自身との結びつきではなく、その女性を通じて「社会とのつながり」に重点が置かれている点が異なる。「SM」というアンダーグラウンドな設定から、純文学に高めているこの作品はタイトル通り、メタモルフォシス(変形作用)がある作品だと思う。
(30代女性)
新潮社 (2015-10-28)
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