読書感想文「氷点(三浦綾子)」

この小説は私の人生の励みになる。元々小学校の頃から小説が好きだった私はジャンル問わずなんでも読んでいて、図書館に入り浸る毎日だった。中学生になり、あるスペシャル番組でこの「氷点」をテレビでたまたま見て、そして小説を改めて読んだ。初めて人生で心を鷲掴みにされたように衝撃を受けた。小説がさらに好きになった一冊である。私は人の人生というのは儚いもの脆いものだと思う。毎日がむしゃらに悩んで頑張って悩んで涙して、心そのものが左右されるんだとすごく実感する。心が弱くなればどんどん悪い方向へ行く。猜疑心、悲しみ、嫉妬、恨み…。心が強くなればどんどんよい方向へ行く。希望、喜び、幸せ、嬉しい…。とはいえ、心が良い悪いとは一体なんだろう。主人公の陽子の様に信念が強い女性のことだろうか。初めて読んでから20数年経つが、毎年のように感じ方が違う。読めば読むほど考えさせられる。筆者のクリスチャンとしての生きざまが小説に散りばめられているが、そんなにうるさくはない。むしろ一人一人本当に実在した人物なんじゃないかと思うぐらい生々しく描写されている。だからこそ悩んだとき悲しかった時に、時々読み返してまた元気になって心が昂るのを何度も味わった。小説は映像と違い、頭のなかで思い描く。当たり前なことだが、意外にも文章でそれを伝えるのは難しいと思う。喜びも悲しみも悔しさも。それらを全部表現するために勉強すべきかと思えばそうでもない。確かに読みやすさや伝えやすさは勉強すべきかもしれないが、感性はその人が生きてきた人生を表すのではないだろうか。些細なことでも幸せだと感じることや腹のたつことがあっても冷静になること。また、悩むことがあっても希望があるということ。優れた小説は世の中に何万冊とあるが、その何万冊分の筆者の経験や思いが小説の中で命を吹き込まれて生きているのではないかと思う。私はこれからもそういった小説を常々読んでいきたい、毎日を無駄に生きるのではなく日々心を豊かにすべきだと考えさせられた小説であった。

 

(30代女性)


 

 

 

ルリ子が死んだ。この事件が遺したものはとても大きかったのだと感じざるを負えない。父・啓造はこの事件の日、妻の夏枝が自分の病院で働く村井と会っていたから起きた事件だとずっと思っている。夏枝はやはり彼女なりに自分がしでかしたことの後悔があるようで、何もなかったとは言え、こっそり会って心を奪われていたという事実。そして「おかあちゃまなんて嫌い」と言われた事実。それがずっと心に残っている。だからこそ、事件後体調を崩し、心のバランスも崩してしまったのだと思う。「女の子が欲しい」という気持ちもだからこそ出てきた気持ちなのだろう。ただ、その気持ちは全く分からない。自分が自分の不注意で子供を失ってしまったら…。またその子と同じ性別の子をほしいと思えるのだろうか。ただ、啓造はその気持ちにも寄り添ってくれる。結局夏枝の希望をかなえてあげるというところがある点が不思議だ。まあ、犯人の子どもを育てさせるということをするのだが。それでも、結局、彼女の希望である女の子を養子に迎えるという決意をする啓造の気持ちは私にはわかりえない。啓造は夏枝を愛しているのだろうかと読んでいて思うことがあった。ルリ子の事件があった時点で、なぜ糾弾しなかったのか。別れてしまえば、それで終わりではなかったのかと思う。夏枝も、自分のしたことへの後悔があるなら、例えば別れるということもあっただろうに、なぜこのまま生活していくことを選んだのか。結局二人ともお互いになくてはならない存在であったということなのかもしれない。再び夏枝が村井に惹かれるとき、やはり啓造はなんとなく気が付いていた。そういう夏枝を見て、喜んでいる部分もあるのでは?と思う。夏枝も夏枝だ。相当な魔性の女という印象がある。清楚なフリをして、男の心を手玉に取る。自分は何もしていないという風にして。村井はまんまと引っかかってしまったのだろう。そして高木もそんな夏枝に惚れてしまったのだろう。妙な魅力が夏枝にはある。あっという間に読んでしまったが、下巻ではどういう終わり方をするのか全く想像つかない。

 

(30代女性)

 

 

 

 

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