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読書感想文「ある補佐役の生涯 豊臣秀長(堺屋太一)」

「ある補佐役の生涯 豊臣秀長」の読書感想文

戦国時代の三英傑、元より、歴史に興味をもち、日本の歴史が好きで、国内の神社仏閣や史跡に関する様な処へへは良く出かけますし、歴史の雑誌、そして歴史小説が大好きで司馬遼や藤沢周平、童門氏など若い頃より愛読してました。 

勿論、テレビは歴史物を良く観てるし、NHKの総合やBS放送のなども毎週欠かさず見ております。特に好きなのがやはりと言うか戦国時代の物語で、信長、秀吉、家康といった三大偉人については興味津々であります。 

この三大傑人は戦国時代の物語においては同時に登場してくる所が面白く、しかもその性格の違いが一層、物語を引き締めているのです。 世に言うその性格の違いは、織田信長は現実主義、聡明、即断即決で、尚且つ、非常に律儀で世間での自の評判を気にする。

豊臣秀吉と其の参謀又、豊臣秀吉は強い上昇志向や誉め上手で人たらしといわれ、又、女好きで傾気者で、信長と同じく世評を気にする。 そして、現在、NHK総合の大河番組で放送されている「どうする家康」の徳川家康は元来の性格は非常に短気といわれ、学習能力が高く勉強好きであり、趣味が多く、凝り性で何と言っても倹約家である。

特に戦においては豊臣秀吉の場合は、人たらしを地で行くタイプで調略で相手を崩していく、それにいざとなったら信長以上に行軍が速く、城攻めの経験が豊富で得意としている点であろう。 しかし、秀吉の戦闘能力、統治能力は弟の秀長に追う所が、非常に大きく多いとも云われる。

堺屋太一の著書、「豊臣秀長」堺屋太一の著書、「豊臣秀長」(ある補佐役の生涯)では、 秀吉の義理の弟である秀長は、史上類例を見ない諸国制覇の膨張を続ける組織の中で、常に秀吉の横にいて、経歴や実績からも万人が認めるナンバー2の補佐役でありながら、自らの働きを誇ることなく、常に脇役に徹した稀に見る有能な側近であったのです。

激動の戦国時代にあって天下人にのし上がる秀吉を、徹底的に支えた男であり、その地味なるが故の華々しい生涯を描いた歴史小説であった。

特に、長宗我部の四国攻めのときには、秀吉が偶々病で出陣できず、秀長が総大将として出陣し、又、 次の九州攻めの時は、秀吉が肥後(熊本県)から薩摩(鹿児島県)に攻めこんだのに対し、秀長は日向(宮崎県)側から薩摩に攻めこんでいったのであり、正に、兄弟で勝ち取った戦であった。

しかしながら秀長が病没すると、途端に秀吉の箍(たが)が外れ、暴走が始まるのです。無謀な朝鮮への出兵、師と仰いだ千利休の切腹、甥の秀次とその一族を粛清した秀次事件など、明らかに秀吉の暴走が始まり、そして、よれよれになって秀頼に泣き言いながら死んでゆくのです。 秀長亡き後の秀吉の後半生を見るに付け、弟・秀長の存在が如何に大きかったかが窺われるのです。

(50代男性)

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