読書感想文「恐怖箱 青森乃怪(高田公太)」

もともと怪談に興味があった私は動画などで済ませていたのだが、ある時怪談ライブにいった打ち上げの際、そこで知り合った方から小説を薦められた。しかし飽き性かつ途中でやめられない性格の私にはとてもじゃないが、一冊読むのはなかなか面倒くさかった。それから程なく別の怪談ライブがあり、またもその打ち上げに行った際、地元の小説家と名乗る男性と知り合った。

 

その男性が近々出版する予定だからと言われたのがこの小説である。知らない中ではなくなった男性の著書だし買うだけ買うか、というのがきっかけだった。いざ読んでみると、短編を複数集めたショートショート系の話が数十個収録されているものだったので、飽きたらやめる、気が向いたら再開する事が出来るというのは、私にはとても読み易く感じたのである。

 

私が住んでる地元中心の怪談が載っている為、現場の風景や人物が想像しやく物語を追体験しているようでのめり込んで読む事が出来たし、怪談好きともその話題で盛り上がる事もできた。地元怪談ならではの、方言なども親しみやすかった。ジジババの、地元民でさえ聞き分けられないような方言もふんだんに使われていて登場人物の人間像が容易に想像し易かったのも、読み易かった。

 

地元民のみをターゲットにしているわけではない為、たしかに、大げさな方言や使わない表現も多くあったが、それはドラマなんかに登場する田舎者の符号であるし仕方ないとも思ったが。怪談として幽霊が登場するのはもちろんだが、どこか人情味があり切ないような物悲しいような、何か心に引っ掛かるような、良くも悪くも「人間」の話が多くて、短編集の割には記憶に残るものが多く感じた。

 

というのも、幽霊が出てきて驚いた、怖かったという話の印象よりも、幽霊が出てくる動機が意味不明だったり、怪現象が起きても何の因果も意味も無いような話が多いのだ。例えば、関係のない人の処に現れてわざわざ方言で一所懸命呼び掛けておいて死んでる事だけを伝える。見つけて欲しいのはわかるが、もっと幽霊として怖がらせるとか何かあるだろう。

 

そのへんのうざいおっちゃんのようなテンションで呼び掛ける幽霊の心情が、生きている人間のそれと変わらないのがまた独特というか。また、子どもがワープしてしまう話なんかも、ワープするだけ。何の原因も因果もない。それがまた想像掻き立てるまでにも到達せず、頭にクエスチョンマークが浮かぶだけ。

 

他には、怪奇現象に出会った本人がワケのわからない自慢をしたり、妙な納得をしていたり。実話ってのはこうだよな、オチなんかなくとも怪談よな、と腑に落ちながら読む事が出来た。地元で実際に取材して書いてるそうだが、怪談好きとして私が集めてる話が何個かあったのは、嬉しいというか流石というか感心した。

 

どこかのスナックで聞いた話、友人から又聞きした話なんかもちらっとあったが、やはり細かい所が違っていたりしたのも、実話ならではで、私個人としては納得いかなかったり面白かったり様々だった。短編で、しかも取材して書いてるだけあって、話の色がそれぞれ違っていたのも飽きずに読めた要因のひとつである。

 

話の色がそれぞれなので、様々なニーズに合わせて文体も変えていありジワジワ怖いもの、ただただ不思議なもの、大仰なSFじみた話さまざまあり楽しめた。穿った見方をすると、あたりはずれはあるように感じるかもしれない。地元では有名な話をあえて外して、少しマイナー路線でいってるのは、地元の怪談事情を知ってる私にはニヤリときた。

 

(30代男性)

 

 

 

 

 

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