読書感想文「黄泉がえり(梶尾真治)」

この小説は熊本市を中心に昔死んだ者が生き返ったことから始まる。生き返った者は生前の姿で親族又は知り合いの前に現れる。死んだ者が生き返るということで前代未聞の大騒ぎが行政や会社等の社会で起きるが、社会はこの珍事に適応し、これを利用したビジネスも出てくる。社会がこの現象に慣れた頃、生き返った者達に共通点が見られるケースがあることがわかった。

 

生きる者が死者に強い思い入れを残している際に生き返ること、妙な声を発生する者、熊本から離れようとすると生き返った者は消え元の生き返った場所に戻ること、生前激しい性格だった者が生き返って穏やかになる、芸術性が備わるなどである。

 

生き返った者達が戻ってから半年ほどたった頃、生き返った者達が口々に「熊本で巨大地震が生じる」、「私たちは地球外生命体によって生き返らせてもらい、彼はもうすぐ地球を離れるため私たちはお別れになる」等と述べるようになった。地球外生命体が地球内部のエネルギーをもらいに地球に飛来した際に、地球の生命に興味を持って生き返らせたという。

 

 

 

地震が生じると熊本は破壊的な影響を受けるが「彼」はそのエネルギーを受け止めると死んでしまうが人間に興味を持つ「彼」は悩む。地震当日「彼」は地震を受け止め蒸発し、生き返った者達も思い思いの別れをしながらこの世を去って行った。という内容である。

 

この小説では、地球外生命体が命を賭して人間を守ったが、これは生き返った者達と生きていた者達との間での感動的な体験を触手を介して感じていた地球外生命体が人間は素晴らしいと感じたためであり、作者は人間を肯定的に描き出していると感じた。

 

このことは、ある生き返った者が犯罪をしようとした者を妙な声を出して説得し、改心させることでも表現され、人間を信じていると感じた。日常では人間が汚く言われることが多いが、人間の絆が最も端的に表される死別を通じて人間のよさを表現しているように感じた。

 

ただ、一部で生き返りの失敗作が生じることが描かれ、必ずしもすべての人間が惜しまれて亡くなっているわけではないというリアリティも表現されていると感じた。さらに、1件の生き返った者は、生きる者の強い思念によって地震当日の別れの日にも地球外生命体から切り離され生き残ったことが表現されており、強い思い入れを残している者の前に生き返ることと合せて、その強い感情の美しさを肯定して表現していると感じた。

 

気持ちが大事なのだと感じた。今を生きる私たちは人間の本質にある美しい感情を肯定し、他者との絆がもたらす素晴らしい人生に気付くべきだと感じた。

 

(30代男性)

 

 

 

 

黄泉がえり (新潮文庫)

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