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読書感想文「シェイプ・オブ・ウォーター(ギレルモ・デル・トロ、ダニエル・クラウス)」

人魚が人間の姫になる物語が時を越えて愛され続けるのなら、その逆があってもいいじゃないか。読み終わったその瞬間、心の底からそう思った。 ヒロインであるイライザと共にこの物語の中核を成す「彼」は決して一般的にイメージされる「人魚」ではなく、俗っぽく言えばモンスターだ。
 
そのため、公開前から話題になっていた映画版の予告編を初めて見た時、その造形に思わずぎょっとしてしまったのをよく覚えている。あらすじにも映像にも、音楽にもそそられる。しかし、私はいわゆる人外を取り扱う作品はあまり得意ではない。面白いだろうな、とは思うけれど、視覚的に受け入れられる自信がない。
 
うだうだ迷っている間に作品の公開期間は終わってしまい、そのくせ「どうせなら劇場で観たかったな」という気持ちを引きずっていたところ、立ち寄った書店でたまたまこの表紙を見たときは思わず運命を感じた。観られないなら読んでくれ、そう言われているような気さえした。それなりの厚さのある文庫本を手に取るのは久しぶりだったが、迷いはなかった。
 
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字数のぎっしり詰まった590ページ、焦らなくても本は逃げないから少しずつ読んでいこう。開く前はそう思っていたはずなのに、次にふと意識が戻るころにはほとんどを読み終えてしまっていたように思う。おかしな表現かもしれないが、あの時の私の状態を表すのであれば「イライザになっていた」という言葉が当てはまる。
 
声は出ないし決していい環境で暮らしているとは言えない、しかし自分の世界をきちんと持ち、美しいものを美しいと思える感性を備えた女性に。水の中に不思議な慣れを持ちながら清掃員の仕事で食いつないでいる物語の主人公に、感情移入していたというより「なっていた」。
 
そして、このことが何を意味するかと言うと、映像でパッと見た時は身を引いてしまったはずの「彼」、水に生きる異形たる「彼」に、イライザになっていた私も恋をしていたということだ。自分とは明らかに違う存在なのに惹かれる、おそらく向こうも私に惹かれている、鎖を解き放ち命を救わなければ、これは自分にしかできないこと…。
 
どうしてそこまで没入したのか、改めてこの場を借りて考えてみたい。そう誇れたものでもないが、今までそれなりの数の本を読んできたと自負している。水の中に身体を沈めた時独特の安らぎに包まれるあの感覚を、きちんと自分の体に写し取ることができた。水から陸に引き上げられた「彼」に惹かれ陸から水へと「戻る」ことになったイライザを羨ましいとさえ思った。
 
人はみなれる前は羊水の中にいる、だから息苦しくても水の中だとどこか落ち着くのだと聞いたことはあったが、それ以上の焦燥にも似た何かに襲われたことを忘れることはないだろう。彼女のように実は…ということこそないにしろ、私も前世は陸上ではなく水の中で生きていたのではないか。そう思わせるほどの魔力めいた何かがこの小説にはある、と強く私は思う。
 
この文章を書いている今も、実は映画版を観ることはできていない。面白い、観た者の心を動かす作品なのだということは、小説を読んだ私の感想と輝かしい受賞歴が如実に表している。しかし、一度観てしまえばこの読後感が変わってしまうのではないか。それは少し、怖い。などとばかばかしいことを考えてしまうほど、心と体を疼かせる、そんな小説だった。私もいつかイライザのように、あるべき場所、全てを捨てても共にいたいと思える相手を見つけることができるだろうか。
 
(20代女性)
 
 
 

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