読書感想文「崖っぷち侍(岩井三四二)」

岩井三四二著の時代小説「崖っぷち侍」(文春文庫)は、全体に平易な文章でテンポが良く、その世界にすっと入っていけるところが読んでいて気持ちいい。読了後、「うーむ、おもしろかったなあ」と自然に息をつける小説なんてそれほどお目にかからないものだ。しかしこの作品は素直に快適な読後感を味わえた。

 

時は戦国末期。安房・下総を治める里見家中級家臣の金丸強右衛門は、わずかの家来や家族を従え、小さいながらも順風に自分の家と領地を守っていた。ところが天下は織田信長が倒れ、豊臣秀吉、徳川家康の世へと激変。主家の里見家もお取りつぶしという荒波に襲われる。

 

 

領地を減らされ、武士をやめて商人になるしかないのか、という瀬戸際に追い詰められる強右衛門。しかし決してあきらめず、その才覚と運を味方に、果敢に時代と対峙していくのだった。岩井は歴史小説を得意とする作家で、その分野の文学賞をいくつか受けているほか、2005年には直木賞候補にも選ばれている。

 

作風からはまるで感じられないが、今は随分凋落したものの昔は日本を代表する巨大メーカーだった「東芝」に務めていた、元ビジネスマンという異色の経歴を持つ。そんな作者の体験をにじませたのか、この作品は戦国時代物の体裁をとりながら、現代の中小企業や下請け業者が、大企業のプレッシャーを受けながらもしたたかさに生き抜いていく様をほうふつとさせる。

 

戦国の世の習俗や社会背景も入念に取材してあり、読者がまるでその場面にいるかのように、リアリティあふれる文体が引きつけてやまない。中規模大名に仕える中級武士の知られざる暮らしぶり、家の「経営」に苦労する様子などは、武将同士の殺し合いがメインストーリーの戦国絵巻とは一線を画しており、歴史好きの読者には興味深い模写だ。

 

最初は強気一辺倒だった強右衛門が、波瀾万丈、さまざまなスリルある局面を乗り越えつつ、次第に老いて心静かになっていく変化もよく描かれている。その一方でひ弱かった息子たちが後半にはたくましく立派に自立し、父に代わって家を守ろうとする。目を細める老強右衛門。今にも通じる親子物語も話に色を添えている。

 

(50代男性)

 

 

 

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