読書感想文「教誨師(堀川惠子)」

この本を読むきっかけとなったのが、武田鉄矢の三枚おろしというラジオが動画にて配信しているのを聞いて、読むことになりました。もともと死刑について関心があった事と、死刑に至るまでの生活あるいは境遇についてこの本には事件の流れが、宗教家がどのように携わっていくのかがよく書かれています。

 

死刑囚は一般に刑務所にはおらず、拘置所にいるわけで死ぬことが刑を受ける事つまり償いな訳です。これから刑を受ける死刑囚が、最後の瞬間まで教戒師が寄り添う事で、自身がやった行いについて向き合わせるというのが、宗教学を交えて説法をしていく訳です。

 

 

死刑制度は現在世界では廃絶の方向にあります。しかしその反面、凶悪な事件については刑を受ける前に射殺する事が往々にあるわけです。この死刑制度というもの維持していくあたり、教戒師の役割は本を読んでいて重要であるということが分かりました。

 

本で書かれている一文に、教戒師がいるから国家が人殺しを行うのではなくつまり国家殺人ではなく、刑として人の命を奪う事が出来るのであるということだ。死刑制度は日本人の大半が維持すべきだという世論調査ではなってますが、残虐な行為に関しては命を持って償うという論調がある反面、刑に服して最後まで懺悔をして生命を全うするという意見も少なからずあるわけです。

 

この本でかかれている浄土真宗の親鸞和尚の話は、人は人を殺める定めをもってして行うとあります。悪人は救われるというのは学校では習いましたが、その意図がはっきりしませんでした。親鸞の師匠法然和尚は、善人こそは救われるという言葉は有名ですし、すんなり入ってきますが親鸞は全く逆説をしている訳です。

 

本を読み進めていくと、死刑になるまでの環境が、経済的な事情であったり、死刑後に親族の境遇であったり様々な事が書かれてますが、社会的には刑に服せばつまり死刑が実行されればその人は罪としては償ってはいますが、例えば骨を一緒にしたくないなど死んでからも社会から許しを得られるとは限らない。

 

ただしこうした宗教家が、それらの唯一の拠り所として引き取るつまり、仏の中だけが唯一の救いなのかもしれません。

 

(40代男性)

 

 

 

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