読書感想文「あなたのための物語(長谷敏司)」

死ぬ前にもう一度読みたいと思えた物語だった。これは30代にして不治の病による死を宣告された女性科学者と、彼女によって開発された物語を描くための人工知能「WannaBe」との間で生まれた、一人の人間が死に至るまでの物語だ。この物語は死の話だ。主人公の死の宣告から始まり、主人公の死で終わる。
 
物語の間中、絶え間なく死臭がし続けて、読み進める度にそれはさらに濃くなっていくような、ハッピーエンドからは程遠い話だ。ページを捲る度、私は否応なしに着実に、主人公の死に迫っていくことになった。死を宣告された人間が取ることのできる選択肢は2つしかない。受容か、反抗だ。そして主人公は、反抗を選んだ。
 

 
 
それはもう徹底的な反抗だ。恐ろしいくらいの頑固さと偏屈さとプライドでもって、死への恐怖を打ち負かしてやろうと戦い続ける。当然無謀な戦いだ。諦めて死を受け入れたほうが楽になれるに決まっている。けれど、愚かなまでに死へと反抗する彼女の姿に私はひどく惹かれた。彼女を突き動かす「死への恐怖」は人間の誰もに馴染みがあるものだ。
 
誰もが死を恐れている。病に蝕まれることを恐怖せずにはいられない。その誰にとっても身近で、多くの人間がいつか直面する「死への恐怖」に相対し続ける心理に、空恐ろしいものを感じながらも惹きつけられて仕方なかった。この私達を恐れさせる「死への恐怖」というものから解放された存在が人工知能であり、死の恐怖へと抵抗し続ける主人公に寄り添う唯一の存在である「WannaBe」だ。
 
それ故に主人公は、自分で作り出した人工知能であるWannaBeに激しい嫉妬を覚え、ときに憎悪すらする。WannaBeが献身的に主人公への物語をいくつも書いたところで、目を通しすらしないでいたこともあった。しかし、それでも「人工知能という道具」としてのひたむきさを以って、彼女のために物語を作り続けるWannaBeの姿は本当に美しかった。
 
たとえそれが主人公によってプログラミングされた情報に従って動いてるに過ぎないにしても、死に恐怖する主人公の心の寄る辺に成り得る美しさがあった。その死への恐怖を知らないWannaBeが最後に作り上げた物語は、間違いなく主人公のために物語を作る人工知能としての最高傑作だった。うらやましいくらいに、本当に彼女のためだけに作られた物語だった。
 
だから私はこのWannaBeという人工知能がとても好きだ。その仕事に尊敬すら覚える。主人公にとっての至上の物語を作ったと本当に信じている。いつか私自身の死が近くなったとき、私はきっとこの物語をもう一度手に取るだろう。
遠くない死を追体験するために、そしてもう一度WannaBeの作った、死にゆく彼女のための物語を読むために。
 
(30代女性)
 
 
 
 

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長谷 敏司
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