読書感想文「虐殺器官(伊藤計劃)」

自分の中の良心について、こんなにも考えさせられる本は、今までなかった気がする。何かをしてはいけない、と思う気持ち。誰かと言い争って、その相手を傷つけてしまった後、「もう少し言い方を考えれば良かったな」「さすがにきつく当たり過ぎたな」と後悔し胸の中に鉛のようなものが沈んでいくあの独特の感覚。
 
良心は、私たちにとっていわばストッパーのような役割をしている。何かをやりすぎてしまわないよう、心にブレーキをかけるのだ。良心があるからこそ、私たちは他人を思いやり、誰かと協調しながら社会生活を送る事ができる。自分の中の良心について、こんなにも考えさせられる本は、今までなかった気がする。
 
何かをしてはいけない、と思う気持ち。誰かと言い争って、その相手を傷つけてしまった後、「もう少し言い方を考えれば良かったな」「さすがにきつく当たり過ぎたな」と後悔し胸の中に鉛のようなものが沈んでいくあの独特の感覚。

 
 
良心は、私たちにとっていわばストッパーのような役割をしている。何かをやりすぎてしまわないよう、心にブレーキをかけるのだ。良心があるからこそ、私たちは他人を思いやり、誰かと協調しながら社会生活を送る事ができる。
 
しかし、もしその心のブレーキが壊れてしまったら。働くべきはずの良心が、ある日突然、いや、少しずつ時計の針が狂うように動かなくなってしまったら・・・私たちの世界は混沌と化してしまうだろう。虐殺器官は、そんな良心が崩壊してしまった世界を描いている。舞台は9.11以降の近未来。テロを未然に防ぐべく、先進諸国は徹底した管理体制を敷いた。
 
ところがいくつかの先進国で内戦が勃発し、次々と虐殺が行われた。主人公たちはその原因を探るうち、全ての虐殺に一人の男が関わっていることを知る。その男は、人の良心を抑えこみ、残虐な行為をためらいもなく行えてしまう脳へと変える力を持っていた。力と言っても魔法のようなものではなく、言葉の中に、虐殺を促すような文法を刷り込むというものだった。
 
彼は言語学者で、世界中の言葉を研究するうちにその文法を見つけ出したという。いわゆる洗脳である。私は心底恐ろしくなった。もし自分の良心が崩壊し、「これは絶対にやってはいけない」という思いが消えてしまったら。大切な家族や友人を、何の躊躇もなく攻撃してしまうかもしれない。
 
単なる小説の中の話だと分かっていても、私は私の良心が失われてしまった時の状況を想像し、凍りついてしまった。 サイコキラーという人間がこの世に存在する、という話を聞いたことがある。心のブレーキがきかない彼らは、ただひたすら己の欲求に従い殺人を繰り返す。彼らの存在は、平和な世界を脅かすものでしかない。
 
普段の私たちは、誰かを想って行動するのが当たり前だと考え、良心は常に自分の中に、当然のようにあるものだと思っている。戦争のない穏やかな日常に浸っていればいるほど、その存在を認知できない。けれど、私たちの心の奥底に強く根付いているものだ。虐殺器官は、そんな当たり前のストッパーが、いかに大切で、重要なものかを伝えていると思う。
 
今まで不快に感じていた鉛のような感情が、かけがえのないものだと知った。自分の中の良心を、常に失わないようにして生きようと、私はこの本を読んで強く感じた。そう心がけていれば、これから先きっと、自分以外の誰かを傷つけず愛することができるかもしれない。
 
(20代女性)
 
 
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