不器用な画家青年、竹谷に共感。本書には主な登場人物が3人いる。「気むずかしく孤独で貧しいが、天賦の才能溢れる竹谷」という青年、「紳士で金持ちであり、画家として腕のすぐれた山根」、そんなふたりの芸術家青年が心を寄せる美少女の吉村貞子。
本書の魅力として挙げられるのは若者特有の高い理想と激しい欲望。そして文章から滲み出る作者実篤の誠実さである。私は竹谷の激しい性格に共感し、作者実篤の文章を通した人柄に強く惹きつけられた。
竹谷という男は真面目で不器用な男である。派手なことを嫌い、融通の効かない男でもあった。彼は内心で貞子を深く愛しているのに、ほかの男がするように媚を売り、おだてるということが全くできない。また嘘が付けない性分が災いし、あまりにちやほやされる貞子に対しつい厳しい指摘をしてしまう。
竹谷青年の中には独自の正義感というものがある。しかし世間に流されないでしっかり自分のよいと思うものを求めようとする姿勢の反面、残念なことに何が悪いかはわかっても何が正しいかは見つけあぐねる不器用な性格でもある。
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いつの時代にもある意味ピュアと言えばいいのか、割り切ることのできない人間はいるものだとつくづく思えてしまう。しかしそんな竹谷の不器用ながらも真剣なところに私は好感を抱いた。
ライバルへの気持ち。青年竹谷が気持ちを乱すことは貞子以外にもあった。それは貞子を思う恋敵であり、画家として芸術上のライバルにあたる山根の存在である。山根という男は裕福な家庭に育ち洗練された余裕がある青年である。それでいて金持ちである驕りというものがなく、優しげで皆から尊敬と関心の的であった。
つまりおべっかひとつできない竹谷とは正反対の人間であった。竹谷にという人間にますますの愛着を持つのは山根への葛藤である。竹谷は山根に対し当然面白くない感情を抱きつつも、それを表に出すことは恥ずべきことだと知っているところだ。画家としての実力もあり、貞子の愛も受ける山根に心穏やかなわけがない。
しかし、悔しいながらも山根の才能と実力を認め、彼を褒め、自分もやってやるのだと奮い立たせる姿は若者の特権ともいえる爽やかさがある。もちろん綺麗事だけで済むわけがない。嫉妬して揚げ足をとることをよしとしない竹谷、しかしややもすれば自棄を起こしそうな不安定なこともある。
せめて貞子さえ自分を褒めてくれれば救われるというのにその貞子は山根に夢中ときている。竹谷は山根を認め、貞子に相応しい男だと言う。ぐつぐつと煮えていることであろう嫉妬心はぐっと堪える。同じ男として竹谷に励ましの言葉をかけてやりたくなる気になる。
現在の人々から見れば典型的な草食系だ。意気地がない奴だと一蹴されてしまうかもしれない。もっともだと思う。しかし私は彼のひたむきな努力、時折感じる自信のなさ、もっと高みを望み自分の仕事で以て世界を征服したいという若さ故の欲望に青春のみずみずしい感情を感じ取らないわけにはゆかなかった。
誰ひとり悪者がいない作品だ。一部、山根は勝手な奴だと言うセリフはあるが、山根は山根なりに葛藤がある。誰ひとり否定せずに若者たちの恋愛、友情、理想を描いたことに喜びを感じた。小説を読んで喜んだというのはおかしいかもしれないが、私はそう感じたのだ。恋愛も嫉妬も欲望もすべてあっていいことなのだと思えた。欠点とされがちなものも本書では美しく見えるのだ。以下は竹谷と貞子のバラについての会話である。
「本当に薔薇は棘まで美しいですね」「本当に、人間の欠点も美しい時がありますわね。私、そんなことをふと考えたのです」「薔薇には棘が必要なのですよ。あなたにだって棘は必要ですが」
人間の欠点まで肯定してくれる、そういったセリフである。作者の暖かさを感じる作品である。
(20代男性)
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