読書感想文「無人島に生きる十六人(須川邦彦)」

この本を読んだ時、私は昔の日本人の偉大さに感心し日本人であることに誇りを持った。そして、少しばかり今の自分が恥ずかしくも思った。この本に描かれているのは「みんなは一人のために、一人はみんなのために」の精神である。今の私にそれがあるかどうか甚だ疑わしい。
 
この物語に描かれている話は明治時代のことである。北方の海の連絡船であった龍睡丸(りゅうすいまる)の船長の中川氏は冬の間、氷に閉ざされて漁が出来ないことは勿体無いと思い、その間南方の海を調査しようと考えた。
 
南方の海で漁業が出来れば冬の間はそちらに赴き漁をすればいい。そうすれば冬の間漁に出れない漁師や船のためになる。そう考えて龍睡丸は調査船として出帆する。ところが、ミッドウェー島に近いパールエンド・ハーミーズ礁で船は大しけにあい難破してしまう。

 
 
からくも命はとりとめたが船員十六名は名もない島に漂流し、そこで生活することを余儀なくされるのだ。もともと長い航海をするために食料は積んであった。龍睡丸は粉々になってしまったので伝馬船(小型の船)にありったけの食料を積み運び出した。
 
しかし、この生活が何時まで続くかわからない。そこで保存の効く米や缶詰には手を付けす、島で捕れる魚や亀の肉を主食にした。服も傷むことを考え島では全員裸で暮らした。一番問題だったのは飲み水である。
 
井戸を掘るが、塩水ばかりが出た。海水を蒸留してなんとかお椀一杯程の水を作り、みんなで一口ずつ飲んだ。これでは足りない。島に草が生えているのだから草の下には水があるはずだと考えそこを掘ってみると塩からいが飲めない程ではない水を掘り当てることが出来た。
 
やぐらを建てた。近くを通る船を見張り助けを求めるためである。材料は難破した龍睡丸の木材である。この時の逸話が心に残っている。誰が一番最初に夜の見張りに立つかで若いものが我も我もと手を上げたとき船員の中で最も年寄りの小笠原老人が立候補する。それには訳があった。
 
つまり、こんな無人島で夜誰もいない海を見ていると淋しくなる。心細くなる。そうして落ち込んでしまう。気持ちの落込みはこんな生活をしていると命取りになる。だから経験の浅い船員ではなく、幾つもの困難を乗り越えてきた老人が相応しいのだと。
 
それは声高に言うのではなく、船長と小笠原老人の暗黙の了解の中で行われる。老人は若者を思いやったのである。またこんな逸話もある。水が悪いためにお腹具合が悪い船員が二人いた。彼らは皆が色々手を尽くしても治らなかった。そこで島にいるアザラシの肝を食べさせたらどうか、という話になった。
 
ところがアザラシ達はそのころ船員と友達になっており、特に一番大きくて元気なアザラシ「鼻じろ」は川口という船員にしか懐いていなかった。でも元気なアザラシが一番良いだろうということで肝をとるアザラシが「鼻じろ」に決まってしまう。
 
川口は悲しむが「二人の命を救うためだ」と言われ納得する。肝を貰う二人も大丈夫だと言いはるが「みんな心配しているんだ。二人が良くなることはみんなのためなんだよ」と説得され了解するのである。
 
鼻じろの肝を取ると決めたその日に川口がやぐらで船を発見しその船に救助され全員が助かる下りは本当に良かったと思わざるを得なかった。島ではみんな愉快に暮らそう、そして本国に帰ってから役に立つように勉強しようと言い合い、実際そうであった十六人には本当に頭が下がるのである。
 
このような本があまり知られていないのは残念である。是非一度手にとってみて頂きたいきっと自分が日本人で良かったと思えるはずである。私も自分だけが良ければそれで良いという考えに陥らないように、龍睡丸の十六人のことを思い出しながら暮らしていきたい。
 
(50代女性)
 
 
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